空の宇珠 海の渦 第四話 その十三 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




「とりあえず行くしかないか」

  そう言って真魚は寺に向かった。
 

 「この先に何があるのじゃ?」
 
 嵐が聞いてきた。
 
 
 「寺だ」
 
 「この前そこで女に逢った」
 
 真魚はそう答えた。
 
 しばらく歩くと寺の前についた。


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 「ここか、思ったより大きな寺じゃな」
 
 嵐が寺を見通して言った。
 
 寺の中には祠もあった。

  神と仏が祀られている。
 
 現在では神仏分離がされている。
 
 この時代は神仏習合が当たり前だった。
 
 仏は理であり、神は存在である。

 そもそも分ける必要などない。
 
 この宇宙にはあるべきものなのだ。
 



 境内に入った。
 
 
 「やはりな」
 
 女がいた。
 
 真魚の考えは当たっていた。
 

 「あれか」
 
 嵐が見た。
 

 「似ている、波動までもがそっくりじゃ」

  嵐が真魚にそういった。
 
 
 「これでもう迷いはない」

 真魚が確信した。
 
 女が真魚達に気がついた。
 
 それとなく真魚達も近づいて行く。
 
 嵐はただの子犬を演じている。
 

 「あら、この子犬」
 
 女は嵐に興味があるようだ。
 

 「嵐といいます」
 
 真魚が女に伝えた。
 
 「元気ね」
 
 女はそう言った。
 
 その言葉の意味を真魚は探った。
 
 「少し体調を崩してたんですが、久しぶりに…」

  真魚は「体調」という言葉で嵐の具合を伝えた。
 

 「あ、そうなんですか」
 
 女は嵐を見つめた。
 
 嵐に悪寒が走る。
 
 あの男に似ていた。
 

 「もう大丈夫なようですね」
 
 女はそう言った。
 

 「ええ」
 
 真魚が言葉を返した。
 

 「光月に逢いましたか?」
 
 女が真魚に向き合う。
 
 そして、真魚の目を見つめる。
 

 「美しいな」
 
 真魚は言った。
 

 「えっ」
 
 女は頬を赤らめた。
 

 「一つ聞いても良いか?」
 
 真魚が女に言う。
 

 「何なりと…」
 
 女は真魚に心を開いていた。
 

 「葛城には何をしに行ったのだ」
 
 真魚は葛城の地が気になっていた。
 

 「母の出身が葛城なのです」
  
 女はそう答えた。
 

 「葛城氏の…」
 
 真魚は考え込んだ。
 

 「小さい頃は葛城で育ったのです」
 
 女はどこか哀しげであった。
 

 「淋しかったのだな」
 
 真魚はそれだけ言った。
 

 「ええ、淋しかった…の」
 
 女の目から涙が溢れた。
 
 真魚の言葉に包まれた。
 
 真魚の言葉が嬉しかった。
 
 感情の堰が切れた。
 
 止めることが出来なかった。
 
 真魚にしがみついて泣いた。
 
 
 嵐は何が起こっているのかさっぱり分からなかった。

  
 女の悲しみは深かった。
 
 止めどなく流れる涙がそれを語っていた。
 
 女の嗚咽はしばらく続いた。
 

  嵐は周りを気にしてきょろきょろしていた。
 

  しばらくすると女が顔を上げた。
 

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 「気が済んだか」
 
 真魚が言った。
 

 「楽になりました」
 
 「あなたは思っていた通りの人でした」
 
 女はそう言った。
 
 真魚は微笑んでいた。
 
 だが、嵐の疑問が解消されることはなかった。

続く…