階級違いの結婚生活は一つも甘くなかった。
父は母と結婚した事で、一族から絶縁されていた。
いわば父にとっては純粋な恋心であり、心情的には駆け落ちだった。
しかし母は、何度説明されても上位階級の父の背景を正確に理解する事ができなかった。
そのくらい有頂天だった。
だって食べ物に困らなくて済む、綺麗な服も着れるようになるだろう。
贅沢ができると思っていたし、なにより彼女の家族や親族が大喜びだった。
彼女と彼女の家族親族の最大の誤算は父が身一つだったことだ。
彼女のもとに彼女の親や親族どころか、今まで大して付き合っていない親戚、近所の人がこぞって食料、金品の無心をしてきた。
父は仕事を失った。
父の関係者は父と関わりを持ちたくなかったからだ。
差別意識もあるが、どこまで集られるか分からない。
そういう部分も大きかった。
どこでも押しかける人達だったから。
私達は村から酷く離れた場所に住んでいた。
そうせざるを得なかったんだろう。
私が物心ついた時は家は荒れに荒れていた。
ヒステリックに叫び暴れる母とそれをただ宥めるだけの父。
父は自分の階級の世界しか知らず、
母も自分の階級の世界しか知らなかった。
父はなんとかなるだろうと母をよく宥めていたが、策など無く、口先だけの誤魔化しなのは幼い私でもわかった。
母の父への罵声は凄まじく、時たま物が飛んだ。
今だったら完全に妻側のDVに当たるだろう。
父は裕福な育ちだったため浮世離れしていた。
父は私に文字を教え、勉強させようとしたが母は激怒して私から本を取り上げた。
文字を使う仕事などこの階級にあるわけなく、母の収入のみの生活だったから。
そういうものに意味がないと考えるのも無理はなかった。
喧嘩しかなく、友人もいなかった私は
私はそういう両親に背を向けて、只管、隠れて本を読んでいた。
父が実家から家を出る前に持ってきていた本。
私が父の息子で良かったと思うのは全てではなくとも文字を教えてもらい、本を読める事だ。
そんなある日
母は一人の貴族?権力者に私を売った。
細かい背景は覚えてない。
私たちより、父より上位カーストだろうなと思う。
頭の良い子供を彼らは探していると言っていた。
私は頭が良いわけでも無く、ただ、村で唯一文字が読めるという子供だっただけだった。
「そっちに行けば食うに困らないから。」
母は本気でそう言っていた。
記憶が飛んでいてどこがどうつながっているのか細かくは思い出せない。
自分がいつ知ったか自分では覚えていないが、父の反対を押し切ってやった事らしい。
「君は彼らがどんな人間か知らない!」
と母に激怒していた。
現場にいたわけでないのに父が母に激怒した事、そのことは何故か知ってる。
そして、父の言う通り、ハイカーストの者が、下のカーストの者を真っ当に扱うわけが無かった。
―――――――――――
売られた先の話
私が城とも言えるような豪邸に連れて行かれた後、そこでの仕事は”夜の相手”とその後の処理だ。性奴隷というやつだ。
そこには私に似たような子供が沢山いた。
ほとんどは女の子で、私より小さく、彼の相手をすると沢山たくさん血を流してすぐに死んだ。
豪邸の主は性的にベタベタと可愛がるというより、痛めつけて笑う方向の人だった。
私は男で、腸の方が長いから生き残ったんだろうと思っていた。
(単にちょっとだけ連れてこられた子達より大きかったからかも知れない。私は9歳他の子は5歳くらいの子もいたから)
豪邸の主のやっていることは世間から隠さねばならない事だった。
だから私の仕事はそういう相手もするが、基本的には死んだ子供たちの死体を処分する事だ。
処分すると言ってもどうして良いか誰も教えてくれないので、仕方なく地下の物置の酒樽が並ぶところに持っていき重ねた。
ここは暗くて、涼しくて、汚い為に使用人も限られた奴隷しか来なくて誰も来ないから。
最初からネズミの死体もあったしそれはずっとそのままだったから。
子供たちの遺体を重ねながら、「私もいつかここに重なるのだろう。」と彼女らの黒い瞳を私はじっとみていた。
この子らは生涯見つかる事は無かった。
豪邸の外には見覚えのある女が尋ねて来ていて、私は上の階の窓のない廊下からそれを見おろしていた。
豪邸に勤める周りの使用人達は「お前の母親がまた集りに来た」と笑って私を揶揄した。
私は、周りはそう言っているけれど、本当は後悔して迎えに来てくれたんじゃないかと思った。
それに、きちんとお金を渡して居なかったのでは?とも思った。
そう思いたかっただけで、真相は知らない。
ある日連続で数日間、門の前に母が居続けた時があって、私はそれを豪邸の中からただ眺めていた。
門の前で女は死んでいた。
私に外出許可が与えられた。
特に手伝ってくれる人も居なかったし、話す人も特段いなかった。
少しでも気分がよくなる気がしたので、街に近い場所よりも一望できる丘にした。
道具を借りて、1人で母を埋めた。
埋め終わるとその横に座って、ただぼんやりと街を眺めた。
悲しいとか、苦しいとか、もはや何も無かった。
涙は連れてこられた時に出し切ってしまっていた、恐怖も特になかった。
完全に感情が死んでいた。
ただ風景が綺麗だったことだけ鮮明に覚えている。