夜の橋に立って
ひとり
川の流れを見つめながら
川の流れは聴こえなくて
川の流れのように
背中を通りすぎてゆく車の音を
川の流れのように聴いている
夜の橋で
後ろ向きに聴く車の音は 昼間とは違う顔で
通り過ぎざまの 素っ気ないなぐさめみたいに
遠回しで不器用な安らぎをくれる
背中を通りすぎてゆく車の音を
川の流れのように聴きながら
代わりになんてなれないけれど
ほんのいっときの そのようなものにはなれるのだと
ふと 思う
それは悲しくなんてなくて
悲しいほどやさしいことだと ぼんやり思う
この 夜の橋は
わたしの知っている
春や夏や秋や冬の夜を知らないから
ときどき 思い出したように来るわたしを
いつもほんの少し よそゆきの顔で迎えてくれる
けして入り込まないけれど
やさしくて控えめな この橋の気遣いは
おちゃらけているくせに いろいろ聞かれるのが苦手なわたしに
とてもあたたかく 心地よくて
そばにいて やさしくほうっておかれると
不思議と ほろり
話したくなるものだと 思う
夜の橋から眺めるのに
ほどよい距離で並んでかかる 夜の鉄橋を
かたんかたん… と なつかしく響かせて
銀河鉄道のように渡ってゆく
二両きりのおもちゃみたいな列車を いくつも見送りながら
川の流れに映る 列車のあかりは
なんだか遠くて
ゆらゆら・・ わけもなくせつなくて
だれかの夢のようだと 思う
夜の橋は
やさしくて やさしくて …
つい長居をしてしまいたくなるけれど
夜が更けてゆくほどに
夜に包まれすぎてしまうから
長くいてはいけない
まして ほろ酔いで風に吹かれたりすると
気づかぬうちに 時を過ごしすぎてしまうから
いけない
夜の中で
夜の音を聴きながら
夜の川と
夜の鉄橋を渡る列車と
夜の川に映る列車のあかりを
眺めたりしていると
無防備になった心に いつのまにか
夜の親分が そっと寄り添ってきて
うっとりするようなやさしい声で
とろりと深い 夜の底へ連れてゆこうとするから
橋でなくとも
夜更けにひとり 夜に近づきすぎてはいけない
夜更けでなくとも
橋でなくとも
ほろ酔いでなくとも
春と夏の 夜の親分ときたら
たまらなく… 人恋しくさせるから
せつない匂いの風に
うっかり包みこまれてしまう前に
もう 帰らなくては
と … 思う
*
夜でなくとも
わたしはつい 橋のまんなかに立ちどまる
旅先でも 気になる橋があると
うずうずしてしまうし
列車に乗って鉄橋を渡るのも大好きだ
そして
橋は川を渡るためではなくて
川のまんなかに立つためにあるのではないかと
こっそりこっそり … 思う *