軽トラックから降りた鉄一郎は、
集落の端にある、一人暮らしのすゑさんの家の玄関を叩いていた。
すゑさん!すゑさん!!
ドンドンと叩くが、
返事はない。
引き戸を引くと、開いた。
田舎で人のいないすゑさんの家は、
いつも鍵がかかっていなかった。
玄関からすゑさんの名前を呼ぶ。
すゑさんは鉄一郎の幼馴染で、
鉄一郎と同じく一人暮らしだった。
娘さんが一人いたが、
こんな田舎で一生を終えるのは嫌だと、
出て行ってからもう何十年も見ていない。
すゑさん!いるかい??
家の奥に向かって声をかけるが、
何度呼んでも返事はない。
鉄一郎は靴を脱ぎ、
上がるよと声をかけてから、
すゑさんがいると思われる部屋に上がった。
すゑさんはやはりいた。
台所と廊下の狭間で倒れていた。
すゑさん!
鉄一郎がすゑさんの手を取ると、
まだ生きていた。
鉄一郎はすぐに救急車を呼び、
すゑさんは数時間後には無事病院で処置を受け、
しばらく入院する事になった。
遠方の娘さんの電話番号が、
紙にマジックで大きく書かれて、
台所に貼ってあった。
鉄一郎は何度も電話をかけたが、
渋々出て来た娘は、
子供の発表会が近いのにと、
不満を鉄一郎にぶつけ、
入院等の手続きはこちらでしますと無愛想に告げてから、いきなり電話は切られてしまった。
なおおおおおおおおおんんん
大きな鳴き声が聞こえ、
鉄一郎が振り向くと、
そこにわびすけがいた。
昼に浩介が見た、白くて汚い、
大きな体の猫だ。
鉄一郎の暮らす過疎の集落では、
時々猫や犬が捨てられる事がある。
わびすけもその中の1匹だった。
すゑさんがずっと面倒を見て来たが、
泥遊びが好きな変わった猫で、
いつも美しく長い毛は、薄汚れていた。
すゑさんが日課にしていた朝の神社の参拝のある日、
木の陰にわびすけは捨てられていた。
ダンボールの中に、バスタオルが一枚入っている。
すゑさんはそっとめくると、
目やにだらけの子猫が弱っているのを見つけた。
その姿があまりにもわびしく見え、
わびすけと名前をつけて、
連れ帰り、大切に飼っていた。
そのわびすけが神社にいた。
そう浩介から聞いた鉄一郎は、
もしかしてすゑさんに何かあったのではと不安になった。
お互い一人暮らしの身、
毎日のように声をかけ合って来たが、
ここしばらくすゑさんの姿を見ていなかった。
わびすけに、しばらくすゑさんは戻らないと伝え、軽トラックのドアを開けて、
しばらく来るかと聞いてみると、
なあああああおおおおおおん
とわびすけは鳴いて、
鉄一郎の車に飛び乗った。
鉄一郎がわびすけを連れて家に戻った頃には、
もう既に日は暮れていて、
浩介は寝てしまったようだった。
明日お前の餌を買いに行くからな。
鉄一郎はゆがいたササミを手でほぐすと、
水と一緒にわびすけに与えた。
お腹が空いていたのだろう。
なーおなーおと鳴いていたが、
田舎の夜に開いているお店はない。
それにしても、
お前は本当に汚いなあ。
そう言って鉄一郎はわびすけを見て笑った。