こんばんは~(・∀・)


昨日、美容院に行ってきました。


お世話になってる美容師さんが出産のため辞められるので、


その前にもう1回と思って。


その美容師さんの年下の同僚にあたるアシスタントの


女性が寂しいって泣き出してしまうハプニングもあり、


とても印象深い時間でした。


そのアシスタントの方、笑顔がとっても素敵で


前からお話してて楽しいなと思っていたのですが、


美容師さん本人が辞められることと


美容師さんを慕って通っていたお客さんが


来なくなってしまうのではということの


両方を寂しいと思っているようでした。


素直な、率直な、正直な感情を吐露されていて、


店員とお客さんという立場よりも


人と人、としてわたしに話してくださったので、とても心が動かされました。


「もう出会っているのだから、ご縁があればまた会えますよ(^‐^)」


と、思っていることをそのまま、言いました。


現に、わたしはその美容師さんとこれからも交流を続けるつもりですし


(もともとはわたしが前職でお部屋探しを担当させて頂いたお客様で、


 これからの髪のことはご主人様にお願いすることにしました)、


そのアシスタントの方にも心惹かれたので、


トリートメントなどを今後お願いしようかなと思いました。


会いたければ会える、と思うのです。


さて。


今回書こうと思ったのは、「何者にもなる必要はない」ということについて。


最近また銀色さんの本をどんどん読んでいるのですが、


それで思ったことです。


よく「ありのままでいい」とか、「自分らしく」というような表現を聞きます。


言葉自体は理解できるのですが、そう生きる方法がずっと掴めませんでした。


で、最近腑に落ちたというか、そっかって飲みこめたのですが、


自分(が感じること)を尊重する、頭で考えたことで感じたことを捻じ曲げない、


存在するだけで尊い、後からついてくるもの(学歴、職業、年収、容姿など)は


本質を変えない、過去を悔やまない、未来を心配しない、


…ということなのではないかと思ったのです。


今この瞬間のわたしがわたしなのだから、誰かになろうとする必要はない


ということかな、と。


過去にいたわたしも今のわたしでないし、これからなるかもしれないわたしも


わたしでないですよね。だっていないんだもん。ここに。


だから、今何を感じどう行動を選択するかってそれだけで。


それがわかったら、ほほーって、力が抜けました(笑)


あ、それで。ぐるぐる考えてもわからないわけだと。


だって考えるという手段が、答えを導き出すのに有効ではないから。


解決はいつでもできて、したくないから考えて答えから離れていたんだなって。


振り返ればいつも、「これで良かったんだ」って思おう思おうとしていました。


でも本当は、良かったというときも良くなかったというときもあっていいんだと思います。


良くなかったときは、自分のどこが良くなかったか反省すればいいだけで。


それを、無理やりポジティブに考えすぎて「全部良かった」と頭で考えて


自分の本当の声を聴かなかった、そのことが自分を尊重していない行為だということに


やっと、やっとこさ、気づきました。


…頭もにこにこ、もしかしたらたどり着いたかもしれません。


実践してみて、また感じてみます。