わたしが独身時代に体験した今でも忘れられない出来事がある。
そのころ、わたしは東京のとある現場に出向するため、立川にあるウィークリーマンションに滞在していた。
友人たちと朝まで飲み明かし、同じ中央線沿線に住むメンバーと一緒に中央線の始発で帰宅したときの話である。
わたしたちは、だいぶ酔っぱらっていて、電車の中で結構大きな声でしゃべっていた。
友人のひとりが、恋人から暴力をふるわれているという話をしていた。
その発言に別の友人が「えー?!信じられない!わたしは暴力なんてふるわれたら速攻別れるね!」と言った。
実は、わたしは、これまでおつきあいした何人かの恋人から、暴力をふるわれたことがある。
そのころおつきあいしていた恋人からも。
その恋人からは、今思えばモラハラも受けていた。
だけど、それまでのわたしは、恋人からそういうことをされても別れようと考えたことがなかった。
なぜなら、「悪いのは自分だ」と自分を強く責めていたから。
自分は暴力をふるわれても仕方のない人間だと、自分で思っていたから。
だから、暴力をふるわれているけど別れられないという彼女の気持ちがよくわかった。
なので、「わかるよ。その気持ち。」とわたしは彼女に言った。
自分も悪いことしたしなあって思うから、ゆるしちゃうんだよね。
暴力ふるったあとって、たいていやさしくなるから、そこでゆるしちゃうんだよね。
詳細はわすれたけど、たぶんそんなような話をした気がする。
そして、彼女とわたしが「そうなの、そうなの」と盛り上がるのを、もうひとりの友人から「そんな気持ちぜんぜんわかんない」なんて言われながら、わたしたちはワイワイ話していた。
ある駅で停車したときのことだった。
その駅で降車した酔っぱらいのおじさんが、電車を降りたあと、しまりかけのドアからわたしたちに向かって、突然叫んだ。
「そんなのはだめだ!もっと自分をたいせつにしなさい!だめだ!」
ものすごく真剣な血走った目でわたしたちを見つめ、そう言った。
そしてドアが閉まり、電車は発車した。
わたしたちは突然のことにあっけにとられたあと、「今の人、なに??」といって大爆笑したのだけど。。。
でも、その酔っぱらいの言葉は、わたしの心に深く突き刺さった。
そして、時間をかけて、ちょっとずつちょっとずつしみこんでいった。
「自分をもっと大切にしなくてはいけない。」
それから数ヶ月後に、わたしはその恋人とはお別れをした。
わたしが自分を大切にしようと気づけたのは、あの酔っぱらいのおじさんが叫んでくれたからだと今でも思っている。
わたしは、その中央線で出会った見知らぬ酔っぱらいに、ずっと感謝している。