こんにちは。

 

ご訪問くださりありがとうございます。

 

 

早春とは名ばかりの、まだ雪深い弘前です。

 

        音譜 長音記号1 音譜 長音記号1 音譜

 

 

 さて今回は

 

小野いるまの 『俳人の詠んだあおもり』 の5回目です。

 

 いるまさんの以下の3冊の著書から、月1回の割で、

 澁柿園の俳人を中心にご紹介していきます。

 

『俳人の詠んだあおもり』   (2008年 北方新社)

『続俳人の詠んだあおもり』  (2009年 北方新社)

『俳人の詠んだあおもり第3集』(2010年 北方新社)

 

また現役俳人でもいらっしゃるので1句ご紹介。

 

今月の句

 

  癌よりの奇跡の生還土筆摘む  いるま

                (青森県句集第26集)

 

 

 

 

         雪の結晶   雪の結晶   雪の結晶

 

 

小野いるまの

  俳人の詠んだあおもり⑤ 

 

    山田 一穂(やまだ いっすい)予防接種 

       

      溢 れ る 奉 仕 の 精 神 

 

 山田一穂は、眼科のお医者さんである。弘前眼科という医院を、弘前市の夜の繁華街鍛冶町通りに開業している。私が新聞社の弘前支社長をやっている時、マンションの隣の部屋が弘前眼科の所有物件で、若い看護婦さんがそこに住んでいた。自然と山田院長とも交遊が深まり、妻が一穂の息子の嫁さん探しに一肌ぬいだこともあった。

当然のことながら、医師としての日常を詠んだ句が多い。 平成十年、第一句集「夕霞」を出したが、入集した三百五十句のうち、医に関する句は実に六十句以上。

 

 

急患にくふ待ちぼうけ春うらら   一穂(以下同)

 

 

病廊は十歩にて足る春の闇

 

 

眼帯に残る血痕冴え返る

 

 

秋の雷果つるを待ちてメスをとる

 

 

 作者はほかならぬ俳人一穂なのだが、詠まれている対象は眼科医山田清一である。 

間違いなく同一人物なのに、二つの表情には明らかに違いが見えると、彼が属する

「渋柿園」代表の藤田枕流は、句集の跋に書いている。

 長いこと八戸市にある労災病院に勤務。 俳句初心の一穂は、同じ病院で俳句では

大ベテランの野沢しの武からしごかれた。しの武は文法にうるさく、既成の俳人の句でも

遠慮なく文法の誤りを指摘した。一穂も、おそらく句会のたびに、しの武の毒舌を受け続

けたに違いない。でもそれが成長の大きな糧になったのはたしか。

 句会には、ドクター以外に豊山千蔭、蛯名晶子、河村静香らが参加、楽しく和やかな

雰囲気だったと、一穂は句集のあとがきに記している。八戸時代の句。

 

 

耕すや高圧線の果見えず 

 

 

末枯やキリンの首の宙に立つ 

 

 

明け易し麻薬をわたす当直医  

 

 

 八戸での勤務医生活に別れを告げ、昭和五十年、一穂は十三年ぶりに郷里弘前に戻る。 

八戸からは車を使っての帰郷となったが、国道7号の藤崎町で橋を渡ろうとしたら、

折からのさくら祭り。 満開の桜がぼんぼりの灯にほの明るく見え、それに薄い夕霞が

たなびいて、一家を歓迎するかのよう。句集の題名になった

 

 

城の方ほの明るくて夕霞   

 

 

の句はこうして生まれた。 弘前に帰った一穂は、昭和五十五年 「渋柿園」に入会。 

代表が加藤凍星の時だった。さっそく久渡寺への吟行に参加するなど、熱心に

取り組んだ。 平成二年には、川口爽郎の後を継いで弘前吟行会の会長に。

多忙な医師の仕事を割いて、日曜を利用した市内、近郊への吟行にせっせと

出かけた。吟行会での作品のいくつかを紹介しておこう。

 

 

南朝の終の城址や桜散る   (浪岡城址)

 

 

太子堂の裏より人語草枯るる (弘前五重塔)

 

 

落城の碑文簡潔花辛夷    (石川城址)

 

 

あて馬の嘶き弱し行々子   (七戸盛田牧場)

 

 

伝教の灯をともし継ぐ山に雪 (大和山)

 

 

 一穂は、ボランティア精神に溢れたお医者さんである。 先輩の眼科医で、

方言詩人高木恭造の碑を建立する時も、率先して寄付し、資金集めに奔走した。

 

 

西方に向く詩碑成れりまるめろ忌

 

 

は、除幕にこぎつけた喜びを詠んだ句。

 

 毎月の「渋柿園」には、弘前眼科の大きな広告が欠かさず載るが、

これも自らが所属する俳誌を、財政面で下支えしたいとの一穂のボランティア精神だろう。

        

             (『俳人の詠んだあおもり』2008年刊・北方新社)

 

 

 

 

 

 

《弘前城雪燈籠まつり》

 

 昨晩、久しく行ってなかった雪燈籠まつりに出掛けた。

 

のんびり車で夕方出かけたら、

下白銀町(陸奥新報社前)から歩けば数分の市役所辺りまで何と1時間渋滞。

 

雪壁のせいもあるが、観光館や市役所隣の駐車場を利用したい車が動かなかった

せいらしい。

 

こんな人込みとはついぞ知らなかった。

ようやく脱出して、土手町のデパートの立体🅿に入れ、出掛けた。

 

本丸の弘前城と雪燈籠

 

 

 

 本丸から「小かまくら」の群れを見下ろす

 

 

 丑寅櫓と雪に覆われた濠 

 

 亀甲門(雪像ではなく本物)と雪の大滑り台 上矢印

 

 

 自衛隊の方たちが造った大雪像(旧函館区公会堂)下矢印

 

 

 ダウン  プロジェクションマッピング に

    大勢の人が集まってきた。     アップ

 

 

 

露店も多く出ていて、人気店は長い人の列を作っていた。

 

 

全国区の札幌雪まつりとは違い小規模な地元のまつりであるが、

広い公園内のそこかしこに大勢の人がいた。

こんなにも人がいたんだ、と思わせる人出であった。