妻と結婚した当時、最初に住んだ家は一戸建ての借家だった。

引っ越して間もなく、私たち夫婦はお隣さんにご招待を受けた。

お宅でジャスミンティーをご馳走になりながら、お互いの自己紹介をした。

その中で、お隣のお子さんには障害があることが少しだけ話題に上がった。

不自然な行動や大声を出すことがあるという。

 

翌日、2階から外を見ると、ジャスミンの植えられた隣の庭の前を歩く妻の姿が見えた。

買い物袋片手にうちへ向かって来るその顔は、なんだか笑っているようだ。

「何かいいことでもあったの?」

家に着くなり尋ねる私に妻は答えた。

「お隣さんは、こっちがそう思ってなくても『ネガティブに思われてるんじゃないか』って気持ちになりやすいんだから、少しでも不安を減らしてあげなきゃね」

万一自分がお隣さんの目にとまった時の印象を考えて、あえて笑顔を作って歩いていたというのだ。

野菜を冷蔵庫に詰め始めた妻の背中に思わず「おまえ凄いな…」とつぶやいていた。

その瞬間、我が家の夫婦の立場が決定した。

 

凄いという漢字は、「にすい」へんに「妻」と書く。

今更ながら調べてみると、「にすい」は「水が凍って固まる」という意味だそうだ。