このあいだの日曜日、野外活動研究会の方々と一緒に愛知県の碧南市を歩きました。碧南市は、かつては白砂青松の美しい海岸線があったところですが、今ではすべて埋立地になって工場が進出。昔の、漁業や海水浴で栄えた街のおもかげが薄れて久しく、住宅地に、かつての海岸線の名残の水路を挟んで工場が隣接するという典型的な埋立て工業地帯に変身してしまいました。
この写真は、駅から住宅地を抜けて埋立地に向かう道で撮ったもの。歩道に敷いてあるのはインターロッキングブロックなんですが、そのパターンがなんともレトロ。なつかしいなあ……これ、おそらく1970年代後半から80年代前半にかけてはやったパターンではないかと。記憶が定かではなく、調べてもよくわからなかったんですが、一時期、このパターンはけっこう見ました。
それがいつのまにか消えてしまった……消えたものは、人の記憶の中からも急速に失われていきます。今のインターロッキングブロックは、こんなに複雑なパターンは少なく、正方形や長方形の辺に少々の凹凸をつけて組み合わせていくというのが多くなっています。日本でインターロッキングブロックが盛んに使われはじめたころは、みんなおもしろいパターンをいろいろ工夫して……
そこに、「どうだ!このパターンはスゴイだろ!」という誇り?みたいなものにつながっていくという素朴な(もっといえば無邪気な)技術者の喜びみたいなものを感じたんですが……しかし、施工が複雑になるせいなのか、あるいは単に飽きられてしまったのか、理由はわかりませんがパターンそのものはどんどん単純化する一方で、それがまた、今風の嗜好にもあってたんでしょうね。
ということで、この写真に見るような複雑なパターンは、もうどこにも見ることができない。この舗装もかなり年期が入っているので遠からずやり変えになるんでしょうが、そのときには今はやりの単純なパターンになってしまうのでしょう。ということで、この歩道面はかなり貴重な絶滅危惧種です。見ていると、あの当時の人の思いがいろいろ伝わってくるような、複雑な気分に……
このパターンは、いわゆる「ピタゴラスのタイル割り」(ピタゴリアン・テゼレーション)から得られる変形パターンの一種で、ブロックの単位はたった一つです。変形五角形で、120°の角が3つと90°の角が2つ。それを、ひとつの90°の角のまわりに90°ずつ回転させたものが次の単位になり、これを連続させて成り立っています。あるいはまた、基本単位の変形五角形を4つ組み合わせて変形六角形をつくり、それをつなげていくという考え方もできます。
さらに、もっといろんな解析が可能なんですが……英文サイトですが、それをやっているのがありましたので、よかったらご覧ください。
http://donsteward.blogspot.jp/2011/07/cairo-pentagon-tilings.html
また、日本には「形の科学会」というのがあって、ここの学会誌に、同じようなタイル割りの研究論文が載っています(こっちは日本語)。
http://katachi-jp.com/paper/26(2).pdf
インターロッキングブロックというのは、最近の歩道にはどこでも敷いてあるのでみんなが目にするものなんですが、その名前を知っている人は意外に少ないんじゃないでしょうか。まあ、「業界の人」しか知らない、専門用語に近いものなのかもしれませんが……これが使われだしたのは、日本ではやっぱり1970年代に入ってから、しかも、そのかなり後の方ではなかったかと思います。このあたりは調べてもわからなかったのですが、私の記憶ではそんな感じかと。
このインターロッキングブロックに相当する舗装材がはじめて現われたのはオランダで、1950年代くらいだということです。それから60年代にドイツに、そして70年代になると世界中に広まっていったとか……オランダは、国土のかなりの部分が干拓地で、地盤が不安定なので、道路を全面的にコンクリートやアスファルトで舗装してしまうと地盤の変動でクラックが入ってしまう。そこで、小さなコンクリートブロックを連続させて舗装する方法を考えたんだとか。
なるほど、たしかにこのブロックであれば、ブロック同士は相互に接着されておらず、充填材の砂を介して並べられているだけなので、地盤が変動してもクラックは入りにくいでしょうね。ちなみに、施工方法は単純で、砂を敷いておいて、その上にこのブロックを並べて、目地に砂を充填していくだけみたいです。だからやり変えるときも比較的カンタン。施工しているところをときどき見ますが、あんなカンタンでいいんだろうか……と思うくらいささっとやってる。
でも、施工してしばらくたつと全体が落ち着いてきて、まるで昔からあったかのような風情に……この碧南の道もそんな感じですが、もう完全に一体化してます。風雨にさらされてカンロクさえ漂う……そういえば、日本でこのブロックがはやったのはもう一つ別の理由があって、それは「透水性」ということ。ブロック自体が透水性のコンクリートであるのに加えて目地部分が砂だから、降った雨は急速に地面に浸透していきます。雨の多い日本のような国には最適……
日本の歩道も、かつては30cm角?(あるいは45cmくらいあったか)の正方形のコンクリート板が敷き詰められていました。ところが、1970年前後の学生運動が盛んだった頃に、デモの学生たちがこの敷石を剥がして砕き、警官隊に投げつけるということがしょっちゅう起こるようになって、歩道は急速にアスファルトの全面舗装に変わっていったような記憶があります。もう、べたっと灰色が広がるだけの、身も蓋もない殺風景な景観が日本中を覆っていった……
それが、70年代も後半に入ると、まず市街地の目抜き通りなんかでこのインターロッキングブロックが使われはじめるようになりました。この碧南市の歩道のものもたぶんその頃だと思いますが、当時は最先端のオシャレな歩道だったんでしょう。そして、80年代、90年代に入るとこのインターロッキングブロックは急速に広まり、かつての灰色一色の歩道が一挙にいろんなパターン、いろんな色のブロックで覆われはじめます。気がつかないうちに、けっこうなスピードで。
このブロックも、かつての敷石同様、剥がそうと思えば割とカンタンに剥がせるのでしょうが、70年代前半に学生たちは急速に元気を失って日本の社会が安定し、「剥がされるリスク」も急激に減っていった。逆に、社会は豊かになって、みんな生活を楽しむことに目を向けはじめる。「うちの街、歩道が灰色で殺風景だね」と思う人々の心が後押ししたのでしょうか……舗装のやり変えのときにはかなりの率で、このインターロッキングブロックが使われるという事態に。
この傾向は今も基本的に変わっていないようですが、これから先はどうでしょうか。日本の国自体が大きく戦争へと舵を切り、持つものと持たないものの格差がどんどん広がって、社会自体が不安定化する兆しを見せはじめています。これに加えて多発する自然災害、そして原発事故のとんでもないリスクなど……そうするとまたみんな元気になって、中にはけっこう過激なデモをする連中も……そうなったときに、このインターロッキング舗装はどうなる……
妄想かもしれませんが、ちょっとそんな予感も持ってしまった碧南フィールドワークでした。
