これは、ずいぶん前につくった作品で、今はうちの玄関についたての代用として飾ってあります。INVISI(アンヴィジ)というのは私の造語でして、意味は「否視」、つまり、「視ることを否定する」ということ。見ていても見えない作品をつくろうと思いました。「本当に見たいものは見えない」これが、当時の私の頭を占領していた言葉でした。

われわれは、美術館やギャラリーに行って、いろんな作品を見ます。でも、そこで、本当に見ているのはいったいなんなのか……ずいぶん昔の、アメリカのギャラリーでの話ですが、ゴッホ展が開催されたときに、だれかがイタズラで、肉を加工して耳のようなかたちにして、「ゴッホの切り落とされた左耳」というキャプションをつけて展示した……

すると、観客は、壁に並ぶゴッホの「名画」には目もくれず、この「耳」に黒山(アメリカだから金山?)の人だかり……ゴッホの「切り落とされた左耳」は、みんな見たい。なにを見たいかはきわめてハッキリしている。だけど、ゴッホの「絵」の方に、なにを見るのか……これは、考えはじめるととてもむずかしい。みな、絵の前に何秒か……

あるいは何分か、たちどまって絵を見る。で、「納得したかのように」次に向かう。うーん……なにを「見た」と思って納得するんだろう……私は、常に、このことがふしぎでした。で、あるとき、ハタと思った。絵の方が、「見ること」を拒否できないだろうか……観客の「視線」を拒否する絵……そういうものをつくってみたら、オモシロイかも……

私は、それまで、アクリル絵具でキャンバスに「絵」を描いていました。展覧会では、壁にその「絵」をそのまま飾って見てもらっていた。しかし……飾ってあっても「見られるのを拒む絵」……それは、どうやったらできるのか……いろいろ考えたあげく、絵の前に「障害物」を置けばいいのではないか!と思いあたりました。よし、やってみよう。

ということでできたのが、このシリーズ、INVISIです。私は、透明の塩化ビニール膜を買ってきて、そこに、モノクロコピーの画像をアイロンでプリントしてみました。コピーのトナーは、紙に熱で溶着されています。アイロンの熱でそのトナーが再び溶け、塩化ビニール膜の表面に転写され、そこで、こちらも熱によって溶融した塩化ビニールと一体化し……

表面は、トナーと塩化ビニールのアマルガムになってしまう……こうして転写された画像はとても堅牢で、常温では洗剤で洗っても落ちないし、いくらこすってもまったく平気……つまり、好きな画像をなんでも、自在に塩化ビニールに転写できる技法を発見……これを、私は「サーモプリント」thermoprint と名付けました。訳せば「熱転写印刷」……

こうしてできた画像は、当然左右が反対になっているのですが、そこは透明素材の良いところで、反対側から見れば元どおりに見える……さまざまな画像がプリントされて半透明になった塩化ビニール膜が得られたので、これを木枠に貼って、アクリル作品の全体を覆うように取り付けた。これは、けっこういい眺めでした。後に作品があるのはわかるが……

その作品は、サーモプリントの障害物に遮られてよく見えない。個展会場では、さらにライトを消して入口を遮蔽し、まっくらにしてロウソクのあかりで見てもらうようにしました。これで、ますます本当の作品は見えなくなる。「本当に見たいものは見えない」この言葉を、ある程度現実の様態として表わすことができたかな……と思います。

お客さんの反応はさまざま……でしたが、両極端の反応を紹介します。ある方(コンセプチュアル・アートの作家さん)は、ロウソクさえ拒否して、まっくらな会場に入り、30分くらい出てこなかった。うーん、なにを見ていたんだろう……そして、もう一人。文学をやってる人でしたが……この人が会場に入ってまもなく、ガタン!と大きな音……

なんだろう?と思って入ってみると、彼は、木枠に貼られたサーモプリントをなんとか外して奥のアクリル作品を見ようとして悪戦苦闘中……このおふたかたを両極端として、他のお客さんの反応は、だいたいこの間におさまった……というか、私の「本当に見たいものは見えない」というテーマには感心を示すことなく、「よくある暗室展示か」というくらい……

まあ、でも、自分としては、ワリとやりたいことがやれたかなという個展でしたが……その後は、バックのアクリル画をなしにして、このサーモプリント作品だけを、外光の入る窓際に展示することが多くなりました。アイロンの熱で塩化ビニールが変質して(内部に微細な気泡ができる?)、磨りガラスのような微妙な透明感になるのですが……

これが、なかなかいい具合で、このふしぎな効果がけっこう気にいってます。ということで、家の玄関にもついたてがわりに置いているのですが……今回は、朝の光で撮影してみました。動画もあります。表から撮影したものと、裏から撮影したものの2種類をyoutubeで公開してみました。
https://www.youtube.com/watch?v=GDGPDQ7HbCE
https://www.youtube.com/watch?v=PVFsN8KZyrA&feature=youtu.be

*ご注意:この「サーモプリント」技法は、けっして真似しないでください。健康に重大な影響を及ぼす可能性があります。私は、マスクもつけずにこの作業(アイロンで塩化ビニールにトナー画像を転写する)をやっていて、知らずに大量の塩化ビニールの蒸気を吸いこみ、結果、重篤な「塩化ビニールアレルギー」になってしまいました。いちばんひどいときには、食卓に敷いてある塩化ビニールクロスに触れただけで手から腕にかけて、真っ赤な発疹がぶわーっと出てきたり、あるいは、クルマのビニールシートにかけただけで背中じゅうに発疹が現れたり……体調もかなり悪くなって、これはまあ、ダイオキシンの一種なんでしょうか……とにかく、えらい目にあいました。

健康障害に気づいてから、こりゃマスクだけでもせにゃあならん……と思いましたが、市販のマスクではいかにもこころもとないので、東急ハンズにいっていろいろ聞いてみました。売場の人がカタログやネットで調べてくれた結果、塩化ビニールの蒸気化した粒子をブロックできる性能のマスクは今のところなくて、まあ、宇宙服だったらまず大丈夫でしょうね……とのこと。どうしよう……と思いましたが、とにかくイノチを失っては作品づくりもできず……。そこでスッパリ諦めて、以後、この技法には手を出していません。けっこうオモシロイ技法で、自分としてはおおいに気にいってたんですが……そういうしだいで、これは「封印の技法」です。どうしてもやりたい方は、宇宙服着用で……

ということで、このシリーズの作品は、今後二度とつくれなくなってしまったので、今ある作品は、私にとっては貴重……なんですが、私以外の人にとっては、もう埋めるしかない粗大ゴミ……とりあえず、また機会があれば、このシリーズで、別の作品も載せていきたいとは思っております……。