御茶目新聞_16
2014年(平成26年)7月15日(火曜日)
連邦御茶目新聞社 名古屋市中区本丸1の1 The Ochame Times
2014.JULY.15(TUESDAY)
今日のモットー ★泣きゃいいってもんだョ。;
号泣元県議、宗教法人設立。
号泣みたま浄霊会
本部は城崎に
「号泣県議」として世界中に知られることとなった元兵庫県議の野々村竜太郎氏が宗教法人を設立。名称を「号泣みたま浄霊会」とし、本部を、日帰りでよく訪れていた城崎に置いた。
「この世界を、うぉーっ!変えたいんですーっ!ぎゃあああ……!!」ということで会員を募ったところ、全世界から入会希望社が押し寄せ、野々村氏を教祖とする新たな新興宗教が誕生する運びとなった。
信者は、世界中から城崎に集まり、野々村教祖の唱導で、「うぉぉぉぉ、この世界をーっ!うわあああ、変えたいんですうっ!!ぎゃああああ」と一斉に号泣する。閑静な温泉街には大迷惑だが、野々村氏と信者たちは、最後には、つきものが落ちたようにケロッとして、「感情的になってすみませんでした」と周囲に謝罪をする。参加者は、「泣き叫んだらスッキリしました。からだも心も浄められたと感じます。」と語っているという。原発、戦争の恐怖、格差拡大、物価上昇とイヤなことばかりのこの時代ゆえか、うっぷんのハケぐちを求める人々が続々と押し寄せ、信者数は増加の一途をたどっている。
社会心理学社・春海社会氏の見解
号泣は最大のカタルシス。でも、大人の社会じゃ許されないでしょ。それを、堂々とやれるしくみをつくった。うまいところに目をつけたもんです。格差拡大で不満を持つ人が増えてるから、この教団はどんどん大きくなるでしょう。
ABソーリの談話
ムフフフ……実は、ボクのスタッフが工作してつくらせたんだよネ。この教団。いいガス抜きと思わない?ムフフ……
ヒゲをはやし、カンロクもついた野々村教祖
ハチマキに「GoQ」の文字
写真キャプション:「号泣教」の大会。教祖の「世界建て直し号泣の祈り」に合わせて全員でぎゃあぎゃあ。ヒジョーにうるさい。
…………………………………………
スゴイ迫力でした。突然、ああなる……昔だったら、まず「なにかに憑かれた」となるところでしょう。キツネツキとか。いわゆる動物霊、低級霊(って、なにが高級なのかわかりませんが)なんかが多かったみたいです。私の知ってる人が、羊を連れて全国を歩いている人を家に泊めたんですが、その晩、その人とコックリさんをやったそうな……すると、羊の霊が現われて、「ワシがこいつに連れられてるんじゃないよ、ワシがコイツを連れて全国行脚してるのさ」とか言ったんですと。憑かれた人の特徴は……そう、突然、ああなるんですね。で、発作が収まるとケロッと正常に戻る……そこには、明白に「カタルシス」がある……
ということで、この人、窮屈な県議なんかやってるより、教祖さんになった方が絶対伸びます。まあ、本人が「宗教なんかヤダ」といえばしかたないけど……もう、まちがいなく、そこそこの信者を集められるんだけどナ……信者が集まれば、それをベースに政界に打って出るという手もあるから、まわりみちに見えて意外に王道なんじゃないかと思うのですが……で、ABくんにガス抜きに使われるわけですね。宗教でも、昔のオウムみたいなガチガチの論理派だと政治家の思うようにはいかないかもしれませんが、こういう「憑きもの派」の場合には、主体性がない分、権力には弱い。そこが、ABくんたちの狙い目にならんとも……
カタルシスという言葉は、ギリシア悲劇にかんして使われてたみたいですが……この言葉は、元々ギリシア語の「カタ」(方向を意味する前置詞)と「リュオー」(流れる)との合成語で、「解かれる」みたいな意味だったようです。すなわち、固まったものが流動化して流れ去っていく……みたいなイメージで、ギリシア悲劇を見ているうちに、固まった感情がほぐれて、それが涙とともに解決される……号泣の効用って、まさにそこですよね。だから、そのあとはサッパリケロリン。まわりはみんな「なにごとか?」と驚くんですが、当の本人は、それこそ「憑きものが落ちた」みたいに正常に戻ってしまう……やっかいなことに。
この状態を、「たましいの浄化」というなら、まさにそう感じる人も多いのでは。しかし、今の「まともな」大人の社会では、はためをかえりみない号泣は許されない……というか、まずだれも、みずからやろうとは思いませんから、なかなか「カタルシス」の機会がない? テレビドラマを見て泣くか、カラオケで叫んで代用にするくらいが関の山……そういうところへ「管理された号泣」、すなわち、その場では、いくら感情を解き放って号泣してもオッケーですよ……という機会と場を設ければ、参加したいという人はけっこう多いのではないかと思います。ということで、「号泣教」は、たぶんまちがいなくはやることでしょう。
号泣すればケロッとなるので、こういう教団は、社会にさほど深刻なダメージを与えないでしょう。エネルギーは解放されて消えてしまうので、それ以上、たとえば社会をゆさぶったり、政権をおびやかしたりすることが、原理上できない。まさに「ガス抜き」だ……これに対して、ホントにコワいのは、やっぱり「論理派」だと思います。独自の論理で理論武装した方々は、ちょっとやそっとの反対では絶対めげないし、力を失うこともない。いや、反対勢力が大きければ大きいほど、ますます、彼らの「物語」は強化される……「憑きもの派」は、こういう「論理派」に利用されることは多いんじゃないかな……
これからの日本。オカシナ物語(虚勢日本物語?)を現実のモノにしようとするABくんみたいな「論理憑きもの派」が主導権を握っている以上、格差は拡大する一方で、不満を持つ人もどんどん増えてくるでしょう。山本太郎さんという方が、園遊会のときに天皇陛下に手紙をわたした報道を見ていたABくん、「アレはないよな」とつぶやいたそうな……とすると、この方、けっこうものごとがよく見えてる人ですね。やってることから受ける感じといささか違って、冷静にものごとを見る力を持っておられる……「憑きもの派」よりは「論理派」の分量が多いような印象を受けました。とすると、やっぱり、かなりやっかいだなあと……
政権としては、「号泣教」を取りこんだ方がいいのか、それともデカクなったら弾圧した方がいいのか……これは、判断がわかれるところかもしれない。いくら「人畜無害」でも、数がまとまってくると、それはそれでコントロールがやっかいになる……さて、どう考えて、どう出るのでしょうか……これは、架空の国のお話……ですめばいいんですけどね。……ところで、野々村さん、おヒゲ、濃い目ですねえ……縄文系なのかしらん……教祖になってヒゲを伸ばしたら絶対似合うと思います。感情を誘いだす紫の衣を着て、大粒の涙のようなクリスタルの首飾り……アタマはハチマキよりも涙をデザインしたフードの方がいいのかな?
