かなり昔に、アスファルトの路面にみつけた不気味な形象……エイリアン!と思った。きもちわるい……よくよく見たら、鉄筋みたい。これ、なんかのまちがいでアスファルトに混ざった鉄筋が、長い年月の間に露出してきたものか……背骨のようにも、虫のようにもみえる。目のようなものまである……微妙な曲がり方がなんとも……

もう40年近く前のことでしょうか……名古屋の丸善にギーガーの画集『ネクロノミコン』が投げ出されたように置いてあった。まあ、ホントに投げ出してあったわけじゃないのですが、彼の画集は、やっぱり「投げ出されたように」という表現が適切な気がする。いくらていねいに置いてあっても……というわけで、それを見て……

迷ったけれど、買ってしまいました。映画『エイリアン』の公開とどっちが先だったか……おそらく「相前後して」ということだと思いますが、その濃密な世界にびっくり。まあ、「好きだなー」ということなんですが、フツーはここまでやらない。ものすごいエネルギーだ。それをすべてネガティヴに注いであきない。スゴイ……

よっぽど抑圧されているのか……初期作品には、「排水孔」を描いたものがいくつかあって、それに興味を覚えました。洗面台の真ん中にあいているあの真っ黒な孔……なるほど、彼は、「排除されるもの」に圧倒的な共感を抱いているのか……正しいもの、光輝くもの、真、善、美……そういうものから「ジャマだ、どけ!」と除外されるもの……

そういう「マイナスイメージ」に、なぜか磁石のように惹きつけられる傾向は、とくに若いうちにはものすごくあると思います。まあ、私は今でもあって、自分の中に、光を求める気持ちもあるけれども、逆に、光から排除される存在、闇に惹かれる部分も強くある。しかし、ギーガーさんほどそっちに徹底することもできない……



ギーガーさんの画集を見ていると、キーになるのはやっぱり「背骨」なのかなと思います。脊椎動物……柔らかい肉を支える骨格。特に、頭蓋骨とそれに続く背骨……ここが露出するということは、すなわち「死」だ……肉は溶けて「無」に還るけれど、骨は残る。化石になっても残ってしまう……肉のはかなさと死の永遠……

私が路上に見つけた「背骨」……鉄筋だとわかっていても、やっぱり不気味だ。これは、人間の心の物語みたいなものが自然に投影されてしまうからなのでしょうが……地球という惑星に埋め込まれた背骨がわずかにみえている。その実体みたいなものに、アタマの中のおかしな部分がふらふら誘惑されてしまいます。大地のエイリアン……