太陽の帝国ムーは……・その1のつづきです。竹内均さんの本のお話……
竹内均さんは、東大名誉教授で科学雑誌の『ニュートン』の編集長としても知られている。バリバリの「科学の人」なんですが、科学が夢とロマンを持っていたころの「野人的科学者」みたいな雰囲気もある。しかし、プレートテクトニクスの日本における「権威」が、こともあろうに「ムー大陸」とは……
ということで、読んでみますと、さすがに、チャーチワードみたいに太平洋にでっかい大陸があった……とはおっしゃってません。要するに、太平洋に散在する島々の間に、昔から一つの「文明圏」みたいなものがあって、実はそれが「ムー」の実体だったんじゃないか……と、そんなお話で、日本というこの地域の文化の成立には、その太平洋域のかつての文明圏が大きな影響を持ったんじゃないかと……
なるほど、そういうことであれば、「今の科学」とは矛盾しませんね……うまいところに目をつけられたもんです。で、このお話で、私は、角田忠信さんという耳鼻科のお医者さんの書かれた『日本人の脳』という本のことを思い出しました。角田さんは、耳鼻科の臨床の過程から、いろんな国の人の「右脳と左脳の働きの差」というものに気がついた。それで、そこを中心に調べていくと、驚くべきことがわかってきた……
その顕著な例として、自然音、たとえば虫の音や動物の鳴き声みたいなものを、左脳で聴くのか右脳で聴くのか……という調査研究をされたところ、欧米人はこれらを右脳(感覚脳)に入れてしまうが、日本人は左脳(言語脳)に入れる……ということがわかってきたそうです。要するに、欧米人にとっては右脳で、言語的な意味のないいわば「雑音」として聴かれる自然からの音を、日本人は左脳で、「言葉」として聴いてる……
これ、すごいことですよね。で、この「差」が、もしかしたら「東洋」と「西洋」の差かな……と思って朝鮮や東南アジアや中国やインドの人についても調査したが、驚くべきことに、彼らは、欧米人と同じパターンだった……つまり、自然の音を、日本以外の東洋の人たちは、欧米の人と同じく右脳に入れて、言語としては聴いていない……と。で、この結果として、角田博士は、キーは「言葉」であって、日本語で育った脳は、世界の他の地域の言語で育った脳に比べて特殊である……と。
では、ホントに、世界に、日本人の脳のような構造を持った脳を持つ人たちはいないのか……と思って調べてみたら、なんと、太平洋の島々に住む人々が、日本人と同じパターンだった……つまり、これは、日本語と彼らの言語が、なんらかの共通点がある……ということで、それは結局「母音中心の言語」ということだろう……と。まあ、驚くべきことですが……まさに「日本人はムー大陸から来た」ということじゃないですか!
以下、ちょっと博士の本から引用してみます。(以下の文で、「右」は「右脳」、「左」は「左脳」の意味)
(以下引用)先進国が右の文化に価値を認めるのは誠に結構なことではあるが、第三世界の文化を右の文化と決めつけ、異質性を強調するばかりで左のロゴスを発達させることに関心をもたないとしたらそれはまた大きな問題になる。私は
日系三世の実験によって日本人と西欧人の異質な脳のパターンは人種差によるものではなく言語差に由来することを確かめることができたが、日本人の精神構造が画一的であるといわれるのも同一言語で統一された均質な脳のメカニズムによるものと解釈される。この観点からすると日本語を失えば日本人ではなくなってしまうのである。(引用おわり)
これからすると、「ムー大陸」は、たしかに大陸としては今は存在しないかもしれませんが、実は、「日本語」の中に今も生きている……という解釈も可能です。今、私がパソコンのキーを打って書いているこの言葉……これが、実は、「ムーの遺産」なんだとすると、なにかふしぎな気持ちになってくるのですが……そう、言の葉の中に、何万年の歴史が、いつも「現在」として現われている……私は、以前に戸隠山に登ったときに、なぜか広大な「海」を感じたのですが、それも、私の中の「ムー」が、遠く太平洋に沈んだかつての「文明」の呼び声を聴いたのかもしれません……
(つづく)
