事実と真実は違う。


不愉快だった、という体験を語ることが悪口になるなんておかしいと思う


傷つくほうがおかしいとか弱いとか、それは傷つける側の理屈や


化粧をしても、服を替えても、わたしは別人のように美しくはなれなかった。でもいつだったか美華さんが言った「自信を持つ」ということは、「わたしは美しい」と思えるという意味ではなかったと気づく。

わたしがわたしのまま世界と対峙する力を持つ、ということなのだ。不躾な他人の視線を、毅然とはね返せるということ。

ざわめきのなかをまっすぐに進んでいく。もし誰かがなにかを思っていようとそれはその誰かの心の中の問題であって、それはわたしのありかたとは、なんにも関係ないんだ。


友だちに手を貸すのに理由なんかいらないだろう


「誰かに『だいじょうぶ』って言ってほしかったんだ、ずっと」


ためらいなく繋いだ手を離せるように、隣を歩いている人を信じる。自分の足でしっかり立つ。