結局私は朝6時まで寝れずにいた。


9:30、回診。

CTを撮って問題ないということで放射線科に行って放射線の説明を受ける。

まだフラフラ、ドレナージのチューブが耳の周りを通って鎖骨辺りからでている。

チューブの先は余分な髄液が溜まるパック。


そんな中放射線のためのマスク作り、

2/14から20回、局所に放射線を当てる。

そんなにきついものではない、と言われた。


この時の私は予後がこわくてなにも調べず、

ただ言われることを受け入れるだけだった。


放射線で治療というよりは、

少し抑えて手術出来るようにというかんじ、と放射線科のドクターからは言われた。

それがまた私を不安にさせた。


手術翌日ではあったが、管も抜かれ支えて歩いて個室内のトイレまで行けたため昼から食事がOKになった。


夜中息子はトイレに起きてから寝れず。

途中私が何度か寝落ちし、息子は朝まで少し寝て、起きてを繰り返していたようだ。


リハビリが開始された。

担当の方は何人かいたが、この中の1人、Hさんの存在がこの後長く続く息子の入院生活の大きな支えとなった。



夜、顔が左右に震えている。

主治医に診てもらったが痙攣ではなさそうだけど、といわれたが念のため痙攣止めの点滴を投与された。