朝から空港へ向かった。
ついこの前、修学旅行に使ったスーツケースに荷物を詰めて、目が見えにくくなっている息子が読めるように大きな字で手紙を書いていれた。
1人にしてごめん、
頑張って、と。
お昼前の飛行機に乗り込み羽田へ向かった。
着くとF先生の秘書の方が迎えに来てくれていて車で病院へ向かうことができた。
綺麗な病院。
かなり待って診察室に通される。
主治医となる先生はまだ外出中で先に担当医と特定行為看護師?の方へ経緯を話す。
17歳とのことなので、
付き添いは希望されますか?
そう聞かれた。
付き添いはできないと聞いてここに来た。
驚いて、できるんですか?と聞き直すと、
17才は未成年なのと、
精神的に不安定になっていることを鑑みて、
希望を出すことはできる、とのこと。
ただ、個室になるので個室代が高額になること。
PCRとレントゲンも必要とのこと、それも高額なこと。
一度入ったら、私も退院まで病室から出れないことを説明された。
お願いします!
ただ、付き添いの準備をしてきていないので一旦帰って荷物を持ってきたい、
と即答した。
そのあと、息子はCTにMRIと検査が続いていた。
入院手続きをし、
個室希望の書類にサインをするとき、
受付の方が、
個室希望だとこの金額ですが大丈夫ですか?
と聞いてくれ、
書類に目をやると、
1日33000円、という数字。
月100万?
驚いて声も出なかったけれど、
付き添いたいので仕方ないです。
ただ、出来ればもう少し安い個室がいたらそちらでお願いしたいです。
と答えた。
息子が生きて元気に帰ってくるなら、お金はなんとかする。
付き添えるならそれでいい、と。
私と旦那はただただ主治医を待った。
夜になり、売店で買ったおにぎりを買って待合の椅子に座って食べた。
やっと主治医に会えた。
担当医と看護師さんも同席。
画像を見て状態としてかなり厳しい、
手術より先に抗がん剤治療をする。
明日から3日間行う。
抗がん剤を何クールするか、経過次第だが手術は2.3ヶ月後になるだろう。
そう言われ、頭が真っ白になりそうだった。
3週間後に手術じゃなかったのか?
そんな先までずっと治療しながら入院?
息子の精神は持つんだろうか?
脳腫瘍と言われたあの日から、
考える暇も、選択する猶予もないままあっちへこっちへと移動した私にはそれが最善なのか?と疑問に思うことさえなかった。
今であれば、
なぜ生検して腫瘍の種類を確定させない?
本当に悪性なのか調べなくていい?
色んな疑問が頭に浮かんだはず。
予後、生存率という言葉が並ぶネット。
それに目を背けて、調べることさえやめたあの頃。
私に、あの時とことん調べてとことん聞く勇気があれば、あの日からの息子の闘病生活は変わっていたはず。
何枚も出される書類にサインをし、
夜遅く病院をあとにした。