Hola.こんにちは。Soraです。僕はラリーガでアナリストとして働くことを目指している高校3年生です。
今回は、自分にとって夢とは何なのか?
この2年間程自分と向き合って考えたことなどを書いていこうと思います。
1. 夢
まず、なぜアナリストを目指しているのかというところです。
これを語るには、僕がサッカーというスポーツに出会う頃まで遡る必要があります。
僕が物心ついた後、最初の記憶はユアテックスタジアム仙台でのベガルタの試合です。
両親は熱心なサポーターで、生まれた直後からユアスタに連れて行ってくれていたそうですが、男子なら誰しも通る道である”電車”の方が気になったらしく、スタジアムから見える仙台市地下鉄を試合中ずっと見ていたそうです笑
しかし、ある時を境に状況が変わります。
忘れもしない2011年4月29日、浦和レッズとの試合。
引き分けだったような記憶ですが、選手の皆さんが急にかっこよく見え始めたのを今でも覚えています。
ピッチが本当に光り輝いて見え出したんです。
何故だかは全くわかりません、運命だったのでしょうか。
その後、僕は親にサッカーをやりたいと言い出し、サッカー人生がスタートしました。
それ以来、僕は1日もサッカーに関わらなかった日はありません。これからもないでしょう。
暇があればサッカー、帰ってきてもサッカーを見たり、サッカーゲームをしたり、授業中もサッカーのあれこれを考えてみたり。
自信を持って言えます、サッカーは僕の全てだと。
サッカーに生かされていて、サッカーのために生きていると。
自分を生かしてくれているサッカーに、サッカーに関わる人たちに、何かを返したい。
サッカーに関われないのなら死んでもいいと思うし、逆にどうやって生きていくか想像もつきません。
心からサッカーを愛しているし、一生離れるつもりもありません。
自分がなぜサッカーに惹かれたのか?
思い当たるところがあるとすれば、ピッチの中で自由に自分を表現できるところかもしれません。
自由人の僕には刺さったんでしょうかね。
チームの中で規則などはあれど、ルールなど本質的なところで、ボールをずっと持っていちゃいけないなどの制限は一切ありません。
自分は背が小さくて競技の中で生き残っていくためには、ドリブルしかありませんでした。
僕は人と違うことをするのが好きなタイプなので、自分らしくトリッキーなプレーを得意なプレーに昇華させました。
小中と10番を背負わせてもらい、中学ではトレセンにスカウトされるなど、自分のスタイルが認められたようでとても嬉しかったし、自信になりました。高校ではタスクやフォーメーションの変化に苦しみ、なかなか試合に絡めない日々でした。
でもそれもそれでいい経験だったと思います。チームメートにはとても感謝しているし、尊敬しています。
つらつらとサッカープレイヤーとしての人生を書いてきましたが、ここからは現在の夢アナリストについて。
きっかけは、2シーズン前のEL決勝インテルvsセビージャでした。
激闘の末、セビージャが優勝を果たしましたが、その時セビージャに日本人がアナリストをしていると知りました。
若林大智さんです。その瞬間脳にビビッときました。これだと。
そして何を思ったか僕はすぐに若林さんご本人のTwitterにダメもとでDMを送るという暴挙に出ました。
今考えるとよくそんなことできたなと思います笑
そしてまさかのまさかご返信をいただくことができて、色々質問や相談をさせていただきました。
これからは現地で直接会わせていただこうと思っています。
アナリストは、試合分析だけにとどまらず、選手個人やチームのデータなどをレポートにまとめ、
選手監督にプレゼンをしたりする重要な職です。
自分なりに試合の動画を編集し、分析を加えてみたりもしました。
チームメートに見せて見たりしたこともありますが、全然ダメだと思います。
まだまだ未熟なのでこれから実力を伸ばしていければと思っています。
初項はこの辺で。
2.夢を追うこと。人生を懸けるということ。
ここでは、夢を追うと決めてから自分が何を考えたか書いたいと思います。
アナリストになるためには、さまざまな道があります。
最初に考えたのは、たくさんのサッカー選手などを輩出している筑波大学の体育専門学群に入学することでした。
しかし、海外で働くことや本場で学びたいという自分の希望を考えた結果、スペインの大学を目指そうと決めました。
最初に親に打ち明けた時、もちろん反対されました。当たり前だと思います。せっかく仙台二高といういい学校に進学したのに、どうなるかもわからない異国の地で大学を目指したいということなんですから。僕もこれが正解かは正直わかりません。自分が親だったら反対するでしょう。
でも決めたことは決めたこと。夢の追い方は人それぞれです。
どれだけ遠回りしても夢にたどり着ける人はたどり着ける、逆にどれだけ近くても実現できない人だっている。
夢を実現できる力を持っている人にはそんなこと関係ないのです。
親を説得しようと全力を尽くしましたが、正直今も納得はされていないと思います。
それでもOKを出してくれた両親には感謝しかありません。
スペインのサッカーの地盤は根強く、人々の生活の一部と化しています。
他の国よりも体系化された学びがあると聞いて決断しました。
将来についてもいろいろ考えました。
夢を追うことはまるで幸せでいいことのように聞こえます。
もちろん追うことができるだけで幸せなことでしょう。しかし、夢ゆえに苦しみや辛いことは何十倍もあるでしょう。
平坦にいくはずがありません。地獄に突っ込んでいくようなものです。
でも実はやることは単純なんです。自分を信じて、夢に到達するまで努力できるかです。
このミソは到達するまでということです。いつになるかわからない状況だとしても到達するまで辞めないことです。
夢に到達しなかった人たちはどこかで辞めたからです。そこにはいろんな理由があるでしょうし、やむを得なかった人もいると思うのでそれを非難したり揶揄するつもりはありません。しかし、何か理由づけをして言い訳をして、夢を諦めた人が圧倒的に多いだろうと思います。
僕は絶対にそんな人になりたくない。夢を追った結果究極死んでもいい。適当な理由をつけて夢を諦めることは、夢としてあげている職や人物にとても失礼なことだと思うからです。憧れの人や夢として誰かをあげるならば、それに恥じない努力をするべきだと思うからです。
これを考える上で参考にしたのは、KPOPグループのTWICEです。
何で急に?と思われるかと思います。実際僕は別にそこまでKPOPに興味はありませんでした。
何かのタイミングでドキュメンタリーか何かを見たんだと記憶しています。そこには彼女たちが戦ったサバイバルオーディションSIXTEENの内容がありました。僕は衝撃を受けたと同時に、彼女たちへの見方を改めました。正直とても驚きました。
自分が思っているよりも、激しく、壮絶で、残酷で。でもそれに惹かれました。
特に日本人メンバーのMomoの半生を描いたYoutubeを見た時、雷に打たれたような衝撃を覚えました。
夢に向かってこんなにも自分を追い込んで、努力を継続できる人がいるんだと。
同時に今の自分は口だけじゃないのかと。何をしているんだと思いました。
そして圧倒的な努力から来る自信で満ち溢れ輝いていたこと、流す涙がとても美しかったこと。
オーディションで一度脱落した彼女は、その翌日に既に練習に励んでいたそうです。
本当なら脱落すればその時点で終わりなんだそう。
でもその後のことを考えて練習に行ったそうです。
その努力や人柄が認められ、脱落したにも関わらず最後にMomoがTWICEのメンバーとして選ばれ復活を果たしました。
粘り強く努力する忍耐力、過酷な状況にもめげないタフさ、短期間で身につけた語学力、夢に向かう信念の強さ、叶った後も変わらず努力を続ける姿勢、謙虚で居続ける姿勢。
全てが僕の理想とする人物像です。
もちろんMomoだけではありません。
10年間練習生として研鑽を積んだJihyoや日本から海を渡ったMinaやSanaも同じです。
特に外国人メンバーは、母国を離れて辛いこともたくさんあったろうと思います。
自分と重なる点です。それでも夢のために生きたその期間は間違いなく自分を成長させる糧となったはずです。僕はそれを目指しています。
夢の実現は現時点でのゴールですが、夢のために生きた時間が自分を成長させてくれるものだと信じています。最終的に実現することが出来なかったとしても、その時間が無駄になることはないと思っています。
僕の目標はTWICEを引き合いに出すのは烏滸がましいほどのものだと思っていますが、夢を追うものとして目標にするべき存在だと思いました。
人生を懸けるということ。
あまり軽々しく扱うべき言葉ではないと思います。
でも文字通り人生を懸けた挑戦です。
ある意味、仙台二高という看板を捨てていくのと同義だからです。
しかし自分にはそれが必要だと感じました。自分は昔から三日坊主で、何でも中途半端。
そんな自分が大嫌いでした。変えようとしても続かない。そこすらも三日坊主でした。何度自分にウンザリしたかわかりません。
だからこそ2度の受験は成長に大いなる役割を果たすものだったと思います。
実力で評価される世界に飛び込む中で、自分に甘えるような弱い人間が生き残れるはずがありません。
異国の、しかも英語圏でない大学の試験です。
続けて努力できない人間が、語学を覚え、科目をこなし、合格にこぎつけることはできるでしょうか?
はっきり言います。絶対に無理です。生半可な気持ちでは無理です。絶対に絶対に無理です。
今まで生きてきた感じでこのままいくと受からないでしょう。
だからこそ、この1ヶ月自分を変えようと努力しています。自分で言うのは烏滸がましいかもしれませんが、自信があるので言います。
SNSに学習内容を毎日アップしています。発言に責任が生まれ、やり通す力に変わっています。
Twitterアカウント→@sora_Lemar
自分で決めたことを突き通せない人間は弱く、醜く、格好が悪いです。
そんな人間であったからこそ、もうそんなことはしたくないし、努力したと自信を持って言える人間になりたいです。
しかもただの努力ではありません。血の滲むような努力です。口だけでこの言葉を使う人はたくさんいます。
別に本当に血を出すとかそう言うわけではないけれど、自分を追い込んで削って頑張ることも必要だと思います。
それを目指します。
この挑戦によって、今まで自分が思い描いてきた人生は一変するでしょう。
良くも悪くも全く別の道が待ち受けている。そんなことはわかっています。
もちろん不安はあったし、迷ったし、怖かった。今でも怖いです。失敗したら人生を捨てることになりかねないですから。
本当に怖かった。でもふんぎりをつけなければいけない時もあります。何しろ自分が希望した道なんだから。
人に強制された道でなく、周囲の期待を裏切ってまでも選択した道だから。
この挑戦の結果は、全て自分に責任があります。
逆にその状態にすることで、ふんぎりがつけられました。
人のせいにすることは不可能です。自分がやれば成功します。やらなければ失敗します。
単純でいいなと、清々しいまでに感じました。
海外に住むのは初めてで、カルチャーショックなど当たり前だと思うので、あんまり期待せず、毎日楽しく、やるべきことはやって、
暮らしたいなと思います。
いろんな方に応援の声を頂いていること本当に感謝申し上げます。
ありがとうございます。一番は自分のためですが、誰かのためにと考えるとやる気も倍増すると思います。
来年6月にいい報告を皆さんに届けられるように、一年半死ぬ気で努力したいと思います。
ここまで長く自分の考えていることを書いてきましたが、これから夢を追おうか迷っている人や同じ境遇にある人に少しでも何か影響を及ぼすことができたら嬉しく思います。
ではまたいつか書こうと思います。
Ciao.