理由も無く

涙が流れてとまらない

泣くのは嫌いじゃない

何かが溶けてく気がするから

目が溶けるまで泣いたら

何か変わっていくんだろうか

仕事が休みで、かなり遅くまでうだうだ寝ていて

地震が起こったときは布団の中の住人だったわけですが

うつらうつらと睡眠と覚醒の間を行ったり来たりしているところを

グラグラと揺さぶられるような感覚で目が覚めました。


震源地は結局宮城県だったと後ほどテレビのニュースで知るわけですが、

地震の起こっている最中、そんなことは判らない。

先日関東で地震があったのもあり、

すわ今度こそ関東大震災かと背筋が凍りつく思いでした。


世界が揺れる中ただタオルケットを握り締めて時間が過ぎるのを待つ。

天井を見上げながら今死ぬかもしれないと色々と思いを巡らせたけれども

結局何かが出来なくて残念だとかあれだけは伝えておきたかったとか

そういうことは浮かばないのが不思議でした。

ある偏った意味に限定すれば

わが人生に悔い無しと言えてしまうのかもしれません。

というよりも

悔いを感じるほどの執着が持てていないのが真相であろうとは思いますが。


揺れがだいぶ収まってから枕元のカーテンを開けたら

外が異様に白く光って

立ち並ぶ家々が見える筈の窓の向こうが

一面の白に塗りつぶされているかのように見え、

我知らず息を呑みました。

もちろんそれは暗闇で見開いていた私の瞳が光に慣れずに見せた

「ホワイトアウト」

ですがその一瞬、

私にはまるで世界が滅亡したあとの虚無の風景のように感じられたのです。

わたし1人でその滅亡後の世界に取り残されているような・・・


すぐ隣の部屋で弟も揺れを感じていて、

しばらくして壁越しに、少し興奮したような声で

「すごいね、いまの震度6だってさ!」

そう言われてやっと私は、

現実には何も壊れておらずテレビはきちんと繋がり、

何が起こったのか語り合える家族が近くにいるのだ

という事を思い出しました。


その後テレビでさまざまな報道が為されるにつれ、

今回の地震の大体の規模や情報を得ることができたわけですが、

そういうものに触れれば触れるほど、

朝のあの一連の自分の感じたこと・見た風景が

まるでそれとは繋がり無くまるで独立した、

託宣染みた白昼夢のように捉えられてならないのでした。


それにしても怪我人だけで済んだのは不幸中の幸いですね。

もちろん被害に遭われた方は生きた心地もしなかったと思いますが。

あの施設を建てたあるいは設計した人間の今後が気になるところです。

明らかに手抜きというか普通ありえないというか。

責任は追及されるでしょうな。


まあそんな始まりをした一日も、そろそろ終り。

明日はまたお仕事です。


今週はスケジュールに送別会が急遽入ることになり、少し気が滅入ります。

人嫌いではないけれどああいう席は好きではないので出来れば避けたかったですが、

何の理由も無く断れるほど社会性を捨てているわけではありませんので。



追記:今日の一言(16日の記事と同じゲームの託宣)

「義務を逃れる時は動揺せず毅然とした態度を保て」


うーん微妙だ。

自分のからだのなかで 好きなところをひとつ、挙げろ。

と 言われたら たぶんわたしは、腕と答える。

細い、ちょっと骨がごつりと飛び出した 私の腕。

寝転んで腕を太陽に翳した時の頼り無さ 嫌いじゃない。

無駄なものが付いていない状態。


脚は無神経なくらい太いからきらい。

胸もバランス悪いからきらい。

指も爪もグロテスクで、がたがたしてる。

髪の毛もぱさぱさで針金みたい。


きらいなところばかりが目に付いて仕方ないけど

目を逸らしたくなる醜い体のなかで

肩から腕の先にかけて、細く不器用に伸びるラインだけ許せる。


以前拒食症寸前まで行ったことがある。

体重が40キロ切って、細いデニムを嬉しそうに穿いてたっけ。

今はもう食べないでいることはないし、ガリガリすぎる人を見ると

ああはなるまい、と思う。


でもまだどこかに痩せたいと思う気持ちがあるんだろうな。

確かめるみたいに右の手首を左の掌で握る。

中指の第一関節ともう少し、指が余る。

息を吐いた。そんなことに安心する自分が滑稽に思える。


でもまあ、好きな部分が一つも無いというのよりは

未だ救いはあるのだろう とも。

ゲームをね、やってたんだけどね。

クリアすると占いみたいな一言が表示されるんだけど

愛があなたにやってくるだろう、

なんて嘘吐き

うらないにウソもクソもあったもんじゃないが

こういうの見ると泣けてくるんだ、絶望して

軽々しく言うが、

愛は絶対に私には訪れない

知ってんだ ほんとうは

自分が愛に関係無い存在だってことくらいは。

真夜中急に泣きたくなること、あるよね。

どうしてかな。なんかどっか空回りしている感が強くて。


もともとあんまり生きることに現実味を感じられない性質だけど

周りの現実と私の領域の間に透明な膜があって

私はそれをどうにかして取り除こうとするのだけど

がむしゃらに叩きつけても両手はつるつるとその膜の上を滑り


あちらの音や景色は聞えたり見えたりしている筈なのに、感じない。

もはや同じ世界ではなく。

ガラス越しの世界。


寧ろ取り除こうとされているのは自分のほうではないのかと。

なんだかときどきそういう光景が目の裏に張り付いて離れない。

両目を抉り出してしまいたいとさえ思ってしまう。

心を掻き毟って暴れだしたい気分になる。


もどかしい。悲しい。つらい。

その感情に名前を付けるとしたらこんなところか。

でも別にそこまで強く思うわけでもない。


ただ湧き上がって乱すもの。


乱された、素振りも見せずに。


ひとりきりだと

しっていた。


強いつもりで

ひとりで立てると思っていた。


だれも必要としないこと

それが強さだと思っていた。


ひとりで


気が付いたら誰もいなかった。

誰にも近付けない自分だけが居た。


だけどそれでもひとりを選んだ。

それが楽だと考えた。


こころは叫んでいたかもしれない。

寂しいなんて思わなかったけど

痛いとは思っていたかもしれない。


今となっては霧の向こうの出来事の様

遠くて薄くてどうでもいい記憶。

思い出すメリットが無い。


何が強いということなのか

今でも私はよくわからない。


私にも手に入れられる強さって

何だろう?

そんなものあるんだろうか。


この弱々しい存在に

なにやってんだろう。

どうしてここにいるんだろう。

よくわかんない。

かなしいのとさみしいのと

どうでも良いのがごちゃごちゃ。

理由も無い。

ここはエアコン効きすぎで寒い。

手も足も夏にありえないくらいに冷たい。

このまま凍えて死ぬって想像したら

ちょっと笑えた。

間抜けさ加減が私に合ってる。

支離滅裂な思考の

どうでもいい羅列。

今日は仕事はお休みで、昼まで家で寝ていた。

不定休な仕事勤めの人間なんて世の中結構いるんだろうけど

私の住んでるあたりは結構保守的な世帯が多いらしくて

平日休みに外に出ると、少しだけ視線が痛い。


あそこのお宅の娘さん、今何やってるのかしらねえ。

派手な格好してるかと思えば

平日昼間にお化粧もしないで新聞取りに出てきたりして

もう大学は卒業したって聞いたけど・・・


そんな会話が聞こえてきそうに思うのは私の被害妄想なんだろうか。


普通の家が立ち並ぶありきたりな郊外のベッドタウン。

一見幸せそうな町並み。

その中で生まれ育って。

こういう画一化された環境によって歪みが生まれたのだ

なんて、そんな風潮、昔あったな。

否定はしない。


大学3年から就職活動、卒業したら就職、

毎日朝8時には家を出て都内の会社に出勤。

それが常識。

そういう共通の価値観のある一定の層がここには住んでいるんだろう。

みんながみんな同じ仕事してるわけないのに。


そんなわけで昔から、平日の昼間家にいると、どこか違和感がある。

おそらくそのせいだけではないのだろうが

外の世界の明るく健全な風景にどうしても馴染めないのだ。


明るいひかりやこどもの笑い声や奥さん方の陽気な井戸端会議は

ふつうのひとなら心和ますべきアイテムなのだろうが、私にとっては

自分はこの街にとって異物なのだと確認する要素にしかならない。


でも分かっている。

この街を出れば何か変わるかといえば、それは違う。

どこ行ったって同じだ。

結局は、私の世界との付き合い方の問題だ。

この街にはそれが分かりやすく凝縮しているというだけの話。


なーんてことをつらつらと、考えてみたりしている。

ベッドタウンのまんなかで。

はじまりは何処だったのか


記憶は曖昧で

遡れどもどこまでも

ぼんやりとした霧の中

私は辿ることを諦める

そして今立つこの地点をゼロとして

記憶できないのならば記録として

遺すことに意味があるのかどうかは別として

吐き出すことにした


いつか終わりが見えるまで