佳「先輩、覚えてますか?私が別れた日に言った言葉」


2人の次は佳蓮ちゃんが声を発する。
そういえば、と佳蓮ちゃんをしっかり見て気づいた。


す「ごめん。今言うことじゃないかもしれないけど、佳蓮ちゃん、髪切ったんだね」


佳「あ、はい。先輩に失恋したので」


佳蓮ちゃんは菜央ちゃんと性格がよく似ている。だから言動も似ているのかなと思ったけど、同時に2人に会ってみてその考えが当たっていたんだとわかった。


佳「『本当に好きな人と幸せになってください』って、私言ったんです。でも私、2学期から転校してきたから高城先輩のこと知らなくて……本当にごめんなさい」


そう言って佳蓮ちゃんが頭を下げる。


す「そんな、佳蓮ちゃんが謝ることじゃないよ。私が話さなかったのが悪いの」


佳「でも……」


す「佳蓮ちゃんは聞き上手で話し上手だから、私もめっちゃ挙動不審だったと思う。花織のこと誤魔化すのに必死で……」


佳蓮ちゃんはその性格ゆえ、いろんなことを質問してきた。その都度「花織のことだけは知られたくない」と何度も嘘をついてきた。
その重ねられた嘘が、佳蓮ちゃんを苦しめた。


す「佳蓮ちゃんが私の話をずっと真剣に聞いてくれてたの、すっごく嬉しかった。だから、ありがとう。私の方こそごめん」


佳「……私の方こそ、ありがとうございました。すみれ先輩とのお話、楽しかったです」


この笑顔が、人を惹きつける佳蓮ちゃんの魅力なのだと、今さら思う。


桃「すみれさん、ごめんなさい」


開口一番、桃音ちゃんはそう言って頭を下げた。


す「え?」


桃「私、すみれさんのこと大好きでした。好きだから、振り向いて欲しくて、デートとかたくさんしましたね」


この中で一番長い時間を過ごしたのは桃音ちゃんだ。デートの回数も一番多い。


す「そうだったね」


桃「すみれさんには他に好きな人がいるって、薄々気づいてました。盗られたくないって思っちゃって、でもすみれさんの気持ちが私に向いていないってわかって……すみれさんのこと、いっぱい傷つけたと思います」


桃音ちゃんがスカートの裾をキュッと握る。あれは彼女の癖だ。


桃「私……」


す「傷つけたのは、私の方だよ」


しっかり桃音ちゃんを見ると、桃音ちゃんも私を見る。こうやって目をしっかり合わせるのは、あのデートの日以来。


しっかり、言わなきゃいけない。


す「桃音ちゃんが傷つく必要なんてない。全部言わなかった私が悪いの。花織のこと、しっかり言わなかった私が、みんなを傷つけた」


初めからこう言っていたら、付き合うことはなかっただろう。でも私は隣の温度を求めてしまった。
みんなの優しさを利用して、甘えてしまった。


す「でもみんなのこと、好きだった。それは本当のことだから、信じて……」


桃「信じます」


言葉をかぶせるように桃音ちゃんが言う。3人も頷いている。


佳「先輩が好きだって言ってくれたの、嬉しかったです」


杏「すみれさんとの時間、本当に楽しかったです」


菜「そんなすみれ先輩の言葉ですから、信じないはずないじゃないですか」


す「みんな……」


桃「だから、最後にちゃんと、すみれさんの本当の気持ちを聞かせてください」


八個の瞳が私を見つめている。真っ直ぐで、嘘偽りのない純粋な瞳。
あぁ、私は今まで、この温かさに支えられてきたんだ。花織の代わりじゃない、この子達自身に。


す「……わかった」


最後に私ができること。しなきゃいけないこと。
4人に、伝えること。


す「私、花織のことが好き。ずっと大好きで、忘れられない。だから……みんなとは、仲の良い先輩と後輩の関係でいたい。今まで傷つけて、本当にごめんなさい」


4人はそんな私の言葉に、ただ微笑んで頷くだけだった。
菜央ちゃんが大きく背伸びをする。


菜「っあ〜、スッキリしたっ」


杏「私も!」


佳「先輩、お時間とらせてごめんなさい」


す「ううん、こちらこそありがとう」


ニコッと笑って去っていく3人を、何故か桃音ちゃんが立ち止まって見ていた。


す「桃音ちゃん、戻らないの?」


桃「戻りますよ。けど、聞いて欲しいことがあって……」


す「何?」


桃音ちゃんはいたずらっぽく笑って、私の隣にやってくる。そして楽しそうに話している菜央ちゃんと杏ちゃんを指さした。


桃「菜央と杏ちゃん、先週から付き合ってるんですよ」


す「え、そうなの!?」


桃「なんか意気投合したみたいで。佳蓮も、他クラスの女の子と付き合ってます」


私と花織、凜と柚希みたいな関係の人はマイノリティだと思っていた。しかし、知らないだけで校内に結構いるのでは。その事実に少し驚いた。


す「……じゃあ桃音ちゃんも?」


桃「私はもう恋は十分です。2回失恋しましたから」


す「え、2回?」


桃音ちゃんの言葉に首を傾げる。1回は私で間違いないだろう。でももう1人って?


考えているのが顔に出ていたのか、桃音ちゃんはふふっと笑って言った。


桃「凜さんです。高坂凜さん」


一拍の間を置いてから、私は盛大に驚いた。


す「え、嘘、凜?何で?」


桃「小学校のクラブ活動が同じで、たくさん可愛がってくれたんです。それで、いつの間にか好きになってて。高校まで追いかけたんですけど、ダメでした。まぁ、凜さんと柚希さんの仲の良さは昔から有名だったんですけどね」


す「そうだったんだ……」


桃「凜さんを追いかけて、その先ですみれさんと出会ったんです。ほんの少しの間でしたけど、楽しかったです。運命の人って、そんな簡単に見つかるものじゃないですよね」


そう言って自嘲気味に笑う桃音ちゃんに、首を振る。


す「そんなことない。桃音ちゃんもいつか、運命の人に出会える」


もうすっかり涙は乾いた。今の私が出来る精一杯の笑顔を、桃音ちゃんに向ける。


す「桃音ちゃんは優しいし、可愛いし、そんな桃音ちゃんを愛してくれる人はきっといる。同性だろうが、異性だろうが、必ず」


桃「すみれさん……」


す「私さ、運命の人って、見つけるものじゃないと思う。桃音ちゃんはきっと、私や凜以上の人に出会えるから」


凜より、私より、隣がふさわしい誰かに。


桃「……最後まで、優しいですね」


す「え?」


桃音ちゃんが何かボソッと言った。聞き取れなくて首を傾げると、「なんでもないです」と桃音ちゃんは笑った。


桃「それじゃあ、次に会う時は“仲の良い後輩”ですね」


す「うん、そうだね」


桃「じゃあ、また」


そう言って笑顔で去っていく桃音ちゃんを、手を振って見送った。
手の中の箱の中身は分からないけど、チョコレートだったら、みんなの温かさで溶けちゃうんじゃないかと思った。





今日もお母さんは残業。


箱の中身はクッキーだった。リビングでクイズ番組を見ながら、そのクッキーを食べる。
チラリと時計を見て、思う。


す「花織、帰ってこないな……」


どうしたんだろう、こんなに遅いなんて。
でも花織のことだから、きっと突然「ただいま〜!」って呑気に帰ってくるだろう。
クイズ番組が終わる頃、軽快な音楽と「お風呂が湧きました」の声がリビングに響いた。





お風呂に入って、髪を乾かして。
お母さんへのメモを残して、玄関のチェーン以外の鍵をかけて。
布団に入って、電気を消して、瞼を閉じて。


結局その日、花織は帰ってこなかった。


--------続く--------