『普通になりたいんだよね』


何気なく友達に発したその言葉が

彼の対話スイッチを押してしまった





都会の雑踏を聞きながら歩き

山手線に乗り

ちょうど恵比寿駅を過ぎたところだった






『私さ、こんな生き方してきたけど

誰かに愛されるために普通でいたかった』





彼は否定も肯定もしなかった

ただ私の口からぽつぽつと出てきた言葉を

ゆっくり飲み込んでいるようだった



彼の家に到着すると

他に友達3人が待っていてくれた



んで?話の続きをしようか。

彼が促してくれたので

私はまた話していた。



『異端児だとか、教室で浮いてるだとか

そんなことばっかり言われてさ

"人と違う" ことを

半分強制的に

意識させられる人生だったんだよね

そしてそれにいつしか疲弊して

ここに居ても私は普通じゃないのかって

少し絶望したこともあった


どこに行っても

私は同じになれないんだなって

なんだか疲れてしまったんだよ』





なんだか恥ずかしくなって

彼の顔を見ることは出来なかったけれど

彼は私の右手を握ってくれた






そうだ、クラシックをかけようよ



彼は唐突にCDをかけ始めた

彼の好きなシューベルトが流れている






君の生きてきた辛さを

全て知ることは出来ないけれど、

と彼は前置きした上で。




「人はそれを【個性】と呼ぶんじゃない?」




世の中には色んな人がいる

"普通でありたくない"と願う

普通の人が大勢いる中で

君は人と違うことで

苦しんできたかもしれないけれど

それこそが個性そのものなんだと思うんだ

どれだけ踏みつけられても、否定されても

抑えられないアイデンティティ。

そんなものを持っていられるなんて

幸せだと思わないかい?





彼は酒を創りながらそんなことを云う



その日の飲み会は朝まで続いた

久しぶりに集まったからか

皆夫々悩みを抱え、

ゆっくりとそれを言語化していた



他の友が寝静まって、

手洗いに行こうとベッドから立った時

キッチンで洗い物をしている彼が

私に改めて云う





あのさ、

普通になれなくてもいいんじゃん?

君が君らしくいたからこそ

僕らがここに居るんだからさ






今日の言葉達を、

私はきっと

これからの人生のお守りにするんだろう

そんな夜だったように思う




普通じゃなくていいんじゃん

私が、私のまま、息ができているのだから