「好きなこと」の「才能の無い人」はその「好きなこと」で生きていくことを目指すべきではない
仮にやれたとしても、才能がないから求められる以上の仕事は絶対に出来ない。
いや、そもそも仕事にすらならない。
また、「好きなこと」の「才能の無い人」がその「好きなこと」で生きていくことを目指すのは「才能のある人」にとって非常に迷惑だ…
「才能の無い人」のせいで「才能のある人」のチャンスが失われてしまう…
また、「好きでも才能の無い人」ばかりがその「好きなこと」を仕事にしていたとしたらおそらく、皆その「好きなこと」で求められる以上の仕事は出来ないから、その「好きなこと」の仕事の必要性がなくなり、その「好きなこと」の業界自体が崩壊してしまうかもしれない。
「才能は無いがサッカーが好きな人」がやっているサッカーの試合を、誰がお金を払って見に行くだろうか。
才能がない故、好きなことを仕事にしたせいで、その好きな仕事の世界自体が無くなるかもしれないのだから皮肉だ…
特に最近は「好きなこと」を仕事にしたいとハマってしまう人が多過ぎる…
自分が「出来ること」を全く考えない…
世の中は「あの人に頼むよりこの人にこの仕事を任せたい」という競争で出来ている。
要するに仕事は「才能」でしかない。
「好きなこと」に才能があるか気付く方法はいくらでもある。
「好きなこと」を趣味程度でやってみて、実際に最前線で活躍してる人、または周りで同じ「好きなこと」をしている人と比べてみるだけで分かる。
それでその最前線の人達は何故活躍出来るのか、その人達と比べて自分の能力は何が違い、何が足りていて、何が足りていないかなど、具体的な比較、分析を目指す前にすべきだ。
また、周りに比べて「出来る方」か「出来ない方」か客観的に見てみるべきだ…
もしそれすら出来ないまたは分からないのであれば、まず間違いなくその「好きなこと」の才能はないだろう…
「やってみなければわからない」と言う人もいるが、やる前に気づけないのであればやはりその場合も才能はないだろう…
もし、「好きなこと」が就職活動を通じてしか才能が分からないことなのであれば、就職試験を何度も受けて駄目だったのなら、おそらく才能はないだろう…
「諦めず努力すれば出来るようになる」
「努力してる人が一番えらい」
「成功した人は誰よりも努力の量をこなした」
この類の言葉はあまり言い過ぎるべきではない。
努力すれば夢は叶う、好きなことで生きていけると錯覚させる。
「好きなことで生きていく」と考えないで好きなことをするのなら否定はしないが。。
