Heavenly Blue -空よりも青く-
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境界線のはなし。

前回の記事はコチラ

 

 

 

 

前回の記事は立春をテーマにした記事でしたね。

 

立春という言葉には、「今日から春になる」という意味はないけれど、私たちは、そこにひとつの区切りを感じている。

 

というようなお話をしたわけなんですが、そうなんですよね。実際のところ『じゃぁ、今日から春ね』ってことで、急に桜が咲くわけでも、土筆が顔を出すわけでもないんですよ。

 

あるようでないような、区切り。だけど、目には見えない【境界線】がそこには存在しているように思うんですよね。

 

 

境界線というと、「領域」「パーソナルスペース」と言ったところが我々の日常生活の中ではイメージしやすいかと思うのですが、そこで、『人と人との間に境界線は必要か?』と問われると、多くの場合は『ある方がいい』『ない方がいい』という二択で語られる。でも、そこにある境界線は、季節のそれと同じくはっきりと線をひかれているものでもなく、実際の関係はそんな単純なものではない。

 

例えば、親子や家族、恋人間で交わされる”愛情”でつながった関係性の中では、感情の共有が増えて、境界線は薄くなりやすい。また、一緒に過ごす時間が増えると境界線はさらに薄くなる。だからこそ、衝突も起きてくるので、調整が必要になる

 

逆に、仕事上や社会での関わり合いでは”役割”で関係性が保たれると同時に境界線は濃くなる。これは責任や判断を分けるために必要なものであり、共通目的を達成するための関係だとも言える。そこには感情をあまり混ぜないことが、目的の達成につながりやすい側面も持っている。

 

なので、境界線というものは、その関係の特性により変化するもの。

 

で、何が言いたいかというと、この境界線に対しての認識にズレが生じると関係性に問題が生じる。

そしてその境界線に対しての認識のズレがなぜ起こるのか?というとそれは【情報不足】が最も大きな原因なんじゃないかと思うんだな。情報不足ってさ、不安を招くんだよね。あと、それが続くとその不安はとめどなく大きくなる。だから、日々の生活、これは関係性や場所を問わず必要とされるのは【自己開示】…なんだけど、これがまた難しい。

 

たださ、『言いづらいことから伝える。』ようにするとズレが生じにくい気がする。たぶん、気がついた時に真っ先に言うのがベターなタイミング。ベストじゃないんだよ。きっと、気づいた時っていうのは伝えるべき相手はもう待っていることが多い。その時に一番高いハードルになるのは「立場」だけれど、自己開示や報告は、相手のためにできる一番細やかな気遣いと境界線の提示。

 

。。。という最近、改めて学んだことを、ここに記しておく。

 

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