誰だって、明日の命はわからない。
でも、当たり前のように「明日がある」と思ってますね。
カウンセリングの恩師から、1枚の葉書が来ました。
「ターミナルへの突入もそう先ではないと思われますので、
身辺整理に入りつつあります」。
もう先が長くないと悟っていらっしゃる・・・。
こちらは、あの頃のままの先生で記憶が止まってます。
私も年とった分、同じだけ年がいったんですねぇ。
これは、中学の吹奏楽の恩師にお会いして感じたのと同じだな。
誰でも死に向かって生きている。
だから、予告葉書が来ても何の不思議もないんだけど、
予告を、親子ほど年の離れた、1年しか濃く関わっていない人間に対して、
わざわざ出してくれるというのがありがたいですね。
カウンセリングも、ピアノも、パソコンも・・・
最初だけちょっと教えてもらって、後は全部経験でここまで来ました。
音楽関係もだけど、カウンセリングはとにかく資金がいるんですよねぇ。
だから、上に行く勉強はさぼってましたが、そのさぼりができたのも、
何かあれば、この先生に聞けばいい、っていうのがあったから。
その先生がいなくなるとどうなる??
もう自立する時代に入ったんだな。
もし何かあれば、自分で解決するか、組織に聞いていくしかなくなりますね。
先生の生きざまは感銘を受けますね。
たぶん一人ひとりにはがきを書き、一人ひとりを思いながら
メッセージを書く。
今までありがとう、今後はこうしてほしい。
ある意味、遺言。
知人一人一人に対して、そういう心遣いができる。
覚悟がないとできないことです。
そして、その手間。
体だって、しんどいと思います。
その中で人と人とのかかわりを振り返り、一人ひとりにメッセージを託していく。
いいなぁ、そういう人生。
そういうことのできる人生って、幸せですね。
事故でポーンとあの世に行ってしまったら、言いたいことも言えずに行っちゃうわけで。
できれば、一人ひとりへのメッセージを、ながーくかけてやっていただきたいですね。
私だったら、それを中途半端にしたくないから、終わるまで行けない。
もうちょっと、ながーく時間をかけて、やってください。
コーラスのおばちゃんがあの世に行く前も、予告のようなことがありました。
ピアノもらってくれない?とか、おせんべいが送られてきたりとか。
でも、はっきりとした別れは告げられていません。
それは、本当に昔からの付き合いの2人だけ。
でもあの時は、なんか・・・治るような気がしてたな。
さて今日は、先生に電話しようかな。
久しぶりに。
できればお会いして、私の気持ちにも区切りをつけたいな。
電話でもいいけど、お会いできればさらに・・・
人としての素晴らしい何かが得られそうな気がします。
最後の人生の整理。
そこに立ち会えるのは、幸せです。
そういう付き合い方のできる人が増えたらいいな。