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昨年の降誕祭、長女は灰に帰りました。


-earth to earth, ashes to ashes, dust to dust.


欧米の葬儀ではこういう決まり文句があるそうですが、

長女の亡骸は土にも埃にもなることもなく、灰に帰りました。



私にとってこの12月23日から25日は、

長女が虹の橋のたもとに渡った日であり、

長女との思い出に浸る日であり、

そして長女が灰に帰った日です。


まぁよりによってみんながお祭り騒ぎで降誕祭を祝うこの日を

選ばなくてもいいだろうに。


長女。

お前がいた日々と今とでは、同じ日付が全く意味の違う1日であることが

とてもさみしい。

お前が私のそばにいた日々は、

お前にとって優しい日々だっただろうか。

お前にとって楽しい日々だっただろうか。

お前にとって、意味のある日々だっただろうか。

毎日のように、そんな答えが出るはずのない疑問文を自分に投げつけては

途方に暮れていた、そんな日々も1年を迎えました。


何度も前を見ようとているさ。

何度も頭を上に上げようとしているさ。

だからこうしてまだ、私はここにいるじゃない。


時間が癒やしてくれる。

そういって私を慰めてくださる方はいらっしゃる。

でもね。

癒やすって、何さ。

答えが出るはずもない疑問に答えられる日が来るのかな。

確信をもって長女の気持ち、私がわかる日が来るのかな。



きっとそれは、癒やしではなくて

長女に傾けていた私の気持ちがいつか、薄れてしまう

そういうことじゃないかな。

忘れてしまっていることが次第に多くなる

そういうことじゃないのかな。

断言する。

それを癒やしというなら、そんな癒やし、いらない。




みんなが幸せな気持ちでこの降誕祭を過ごしている中、

こんな気持ちでこの日を過ごしているのは、内緒。