受験に成功しなかったからといって落ち込んでもいられません。
次の受験はすぐそこです。
先生とのコンタクトも無いよりはマシなので、
冬入学受験(通常5.6月に行われる)に向けて
連絡を取るのです。(白目)
受験まではフォアズィンゲンのためドイツ中を
ICE(ドイツ版新幹線みたいなもの)、フリックスバス(格安長距離移動用バス)で駆け回りました。
出願は幾つか大学を変え4校に提出しました。
前回よりは歌もマシになり準備も順調かと思われました…!!!
が…!
順調に3校落ちました。
本命だった大学に落ちた時はイレーネに泣きつき
「人生ってそんなに簡単じゃないね。
けど大丈夫、ミザーキなら上手くいく。」
と抱きしめられ、
イレーネの息子のザッシャには
「またダメだったかあ。
毎日あんなに高い声ホーーって出してるのになあ〜。」
と励ましの言葉をもらいました。
いつも愛のある人たちです。
さて最後に残ったのはリューベック音楽大学。
(誰かからリューベックの街は綺麗だと聞き
受験を思い立った。)
そこの大学の先生には迷惑顧みず返信が来るまで
同じ文面のメールを送り続けました。
その甲斐あり?フォアズィンゲンもでき、
良い感覚もありました。
しかしその時プラッツの話など具体的なことは出て来ず
「受験頑張って〜」と軽い感じで終わりました。
受験当日、私生活でも色々あり半分錯乱状態で
無伴奏の現代曲を歌いました。(叫びました。)
するとなぜか無事一次を通過し、その調子で二次も通過、
そしてドイツ語の試験も終わりました。
結果はまだ分かりませんでしたが、
とりあえず今回の受験は全て終わったのです。
心身共に疲れ、もう入学試験は懲り懲りでした。
受験終了から数日後、動物園を散歩をしていると
リューベックの教授から電話が…
先生
「はろー。元気?君受かったけど僕のところで学ぶ気ある?
それとも他の大学どこか受かった?」
私
「ふぁ?!!全部落ちました!!!行きたいです!!!
嬉しです!!!※カタコト」
先生
「僕も嬉しいよ。じゃあそのうち大学から合格証明書と書類が来ると思うから来たら手続きしてね。じゃあね!」
動物園で大切な人たちに電話をかけました。
父は大喜び、母は泣いていました。
そういった形でドイツでの受験は幕を閉じました。
私は愛するベルリンを離れ
北ドイツに位置するリューベックという街に
住むことになるのです。
リューベックの街



季節によって色々な表情を見せてくれる
可愛らしい街です。