小林美咲のブログ

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ベルリン在住。ソプラノ歌手。

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2018年10月


晴れてリューベック音楽大学大学院に

入学することになりました



今回は住む家も難なく決まり、

引っ越しも沢山の人の手助けで

無事終わりました。



リューベックの旧市街地は

世界遺産に登録されており、

大学はその街の真ん中にあります。

歴史のある美しい街です。




荷物の整理もひと段落付き、

早速事務で手続きをしようと

家から大学への道を歩きました。 


その穏やかで美しい街を歩いている間

いくつもの事を考えました。



一人でやってきた異国の地で出会った

沢山の優しい人、そして色々な出来事、

そのほとんどがベルリンで経験したものでした。


私はいつの間にか日々移り変わり、

様々な表情を見せてくれるあの薄汚い街が大好きになっていました。(メランコリーニコ)




しかし贅沢は言ってられません。

(私は危機一髪で拾われた立場です笑)


学生の期間は与えられた場所で

出来るだけやってみようと思いました。


 

さて、事務に着くと

「学生証のために写真撮るよ〜」と事務員さん。


出来上がった写真を見て

「とりあえずジムに通おう!」と決意しました。



 

受験に成功しなかったからといって落ち込んでもいられません。

次の受験はすぐそこです。

 

先生とのコンタクトも無いよりはマシなので、

冬入学受験(通常5.6月に行われる)に向けて

連絡を取るのです。(白目)

 

受験まではフォアズィンゲンのためドイツ中を

ICE(ドイツ版新幹線みたいなもの)、フリックスバス(格安長距離移動用バス)で駆け回りました。

 

出願は幾つか大学を変え4校に提出しました。

前回よりは歌もマシになり準備も順調かと思われました…!!!

 

 

 

が…!目

 

 

 

 

順調に3校落ちました。ゲッソリ

 

 

 

本命だった大学に落ちた時はイレーネに泣きつき

「人生ってそんなに簡単じゃないね。

けど大丈夫、ミザーキなら上手くいく。」

と抱きしめられ、

 

イレーネの息子のザッシャには

「またダメだったかあ。

毎日あんなに高い声ホーーって出してるのになあ〜。」

と励ましの言葉をもらいました。

 

 

いつも愛のある人たちです。

 

 

さて最後に残ったのはリューベック音楽大学

(誰かからリューベックの街は綺麗だと聞き

受験を思い立った。)

 

そこの大学の先生には迷惑顧みず返信が来るまで

同じ文面のメールを送り続けました。

 

その甲斐あり?フォアズィンゲンもでき、

良い感覚もありました。

 

しかしその時プラッツの話など具体的なことは出て来ず

「受験頑張って〜」と軽い感じで終わりました。

 

 

 

受験当日、私生活でも色々あり半分錯乱状態で

無伴奏の現代曲を歌いました。(叫びました。)

 

するとなぜか無事一次を通過し、その調子で二次も通過、

そしてドイツ語の試験も終わりました。

 

結果はまだ分かりませんでしたが、

とりあえず今回の受験は全て終わったのです。

心身共に疲れ、もう入学試験は懲り懲りでした。

 

 

 

 

受験終了から数日後、動物園を散歩をしていると

リューベックの教授から電話が…

 

先生

「はろー。元気?君受かったけど僕のところで学ぶ気ある?

それとも他の大学どこか受かった?」

 

「ふぁ?!!全部落ちました!!!行きたいです!!!

嬉しです!!!※カタコト」

 

先生

「僕も嬉しいよ。じゃあそのうち大学から合格証明書と書類が来ると思うから来たら手続きしてね。じゃあね!」

 

 

動物園で大切な人たちに電話をかけました。

父は大喜び、母は泣いていました。

そういった形でドイツでの受験は幕を閉じました。

 

 

私は愛するベルリンを離れ

北ドイツに位置するリューベックという街に

住むことになるのです。

 

 

 

 

 

リューベックの街

 

 

季節によって色々な表情を見せてくれる

可愛らしい街です。

 

家のことなど色々ありましたが、

私は大学院を受験するためにドイツに来たのでした。

 

 

夏入学受験(1.2月に行われる)では4校出願しました。

 

 

こちらでは受験前に大学の先生とコンタクトを取り、

声を聞いてもらうのが通常儀式となっています。

(その名もフォアズィンゲン!

 

私もそれに倣い先生にメールを送りました。

 

 

しかしほとんどが返信が無い、

またはプラッツ(各先生の生徒の受け入れ許容人数の空き)

が無いという返信でした。

 

 

その中でも運良く声を聞いてもらう経験もありましたが、

なかなか良いと思う先生には出会えませんでした。

 

とりあえず飛び込もう!と思い受験をしたものの…

 

 

全滅!!笑い泣き爆弾

((合格ですがプラッツが無いという返事もありました。

言い訳はしません、つまり落ちたのです笑))

 

 

今思うと、きっとコンタクトどうこうの問題では無かったのだと思います。

歌が上手だったら受かるし、実際そういう人も見ています。

私にはその実力がありませんでした。

 

 

幸か不幸かそれまでの人生、受験で苦労をしたことが無く

「落ちる」ということへの耐性が余りについていませんでした。

それもありあの頃はひどく落ち込みました。

 

 

 

 

 

おまけ

 

写真は受験の際に撮ったタイムスケジュール。

ご覧ください、

大勢のKim、時々Leeに紛れ込む1人の日本人を。

面白かったので撮ってみました。(加工済です)

ドイツの音大の受験生は韓国人が多いのです。