幼い時、子沢山の長男で親の経済力が追いつかなくて一人鹿児島の祖父のところに預けられました

といっても、坊ちゃんでいられるわけでなく学校に行かせてもらう代わりに書生のようなことをしていたそうです

祖父は医者で病院を経営したいました、3度目のお嫁さんが仕切っており父は先先妻の孫であり、厄介者だったのでしょう

そんなわけで、学校を卒業させてもらうと満州へ渡って行ったそうです。

 

あたしには語ることなく、逝ってしまいました。

語ることが傷を掻き毟ることになったんでしょうね

そんな父を思い出す 父の日です