「どうでしたか?」

 

切れ長の瞳にヒタと見詰められ、思うように言葉が出てこない。

一瞬 ”ここが中世のとある館の奥まった一室で、農園で働く娘の私は顔すら知らぬ領主の前に引きずり出された” そんな錯覚を覚えた。

一族の中に綿綿と流れ続ける血、それを色濃く引き継いでいるのが目の前にいる彼なのではないか。彼の中に良く知る人物を探しながら、私は乱れた呼吸を整えてみる。

私がこんなに落ち着かないのは抑揚を感じない言葉の響き、そして芯まで凍らせる冷たいその視線を恐れているからだ。

なぜ恐れるのか、多分理由はない。理論的な恐怖ではなく、もっと本能的な怯え。だから絶対君主の前に引き出された力を持たぬ小娘、なんて馬鹿げた錯覚に襲われるのだ。

 

目の前の彼の眉が僅かに顰められた。問いに答えない私に痺れを切らしたのだろうか?それとも私の中の何かを、統治することに秀でた彼のレーダーが捉えたとか?

 

乾いて引き攣る喉をグラスの水で潤し、私はやっと口を開いた。

 

「不思議でした。伺っていた話…つまりあなたの推測が正しいと思ったから。どうして、会ったこともない人間の考えを知ることが出来るのか、それが不思議で。」

 

私の答えが曖昧だったのだろうか?

 

「という事は、やはり“そうだった”という事ですね。」

 

「はい」

 

「私が話した前提に誘導されてそう思ったという事ではなく?」

 

「はい」

 

一度ならず二度も確認されるのは流石に心外だ。

 

「思い込みでは…」

 

「ありません!」

 

三度目の確認を最後まで聞かず私は肯定した。

 

「そうですか…」

 

視線を逸らし考え込む彼を意外に感じた。

自信たっぷりに持論を展開した彼だから、“それ”が正しいと証明され喜ぶとばかり思っていたけれど…どうやらそうでないらしい。

“そうあってほしくなかった” そんな本音が透けて見えて、彼が不憫に思えた。

 

“不憫?”

“絶対王者である彼が?”

 

また、もうひとりの私、領主の前に跪く中世の町娘の思考が頭をよぎる。初めて会った人を、自分達を物のように扱う血を持たぬ統治者を不憫と思うなどと。気が触れたの?

 

いや、目の前の彼は初めて会った人ではないし、私を物のように扱うような人でもない。

彼の伯父に引き合わされた時も、「ご迷惑をお掛けしないよう努力します。ぜひ協力してください。」と頭を下げ、諾と告げたら「ありがとうございます。全力を尽くしますのでよろしくお願いします。」と礼を尽くしてくれた。

自分が思い描いていることを、必要な範囲で丁寧に説明してくれたのも彼だ。勿論、私が知る必要ないと彼が判断した部分は一切聞かされていない。私も、そのすべてを詳らかにすることを条件にする気などない。

実は、彼の伯父チョン・パランとの永すぎた因縁に決着をつけよう決めた途端にこの申し出が舞い込んで来た。勿論断ることも可能だった。けれど、これまで続いた彼ら一族との縁は決して不快なことだけではなかったし、有難いと思ったことも大切に留めておきたいと思う想い出もある、だから…

“これを本当の最後にしよう” 素直にそう思った。今の私にとって不必要な情報は粗大ごみと一緒。厄介で面倒なだけだ。

 

「お願いがあります。

彼女の誘いに乗る振りをして頂けませんか?」

 

「…この間会った時、つれない態度をとったので彼女が再度アプローチしてくることはないと思いますけど?」

 

それは私の確信だった。

 

「いえ、彼女はもう一度あなたとコンタクトをとろうとする筈です。ですから、それに乗って貰えませんか?」

 

あちらが行動を起こさなければ、起こさせるつもりなんだろう。どうしたものか…あまり長引くのは得策と思えないけれど。考え込んだ私を見て、彼は答えを渋っていると感じたのだろう。

 

「いえ、ミナさんが嫌なら、あなたは断る権利があるし、僕はそれを受け入れなければならない。勿論、その覚悟はあります。その上でお願いします。引き受けて頂けませんか?」

 

“本当に同じ血が流れているのだろうか?”

“もしかしてパランは訳ありの子だったりして?”

 

目の前の彼は、伯父パランではなく、彼の祖母と『一族の一員としての矜持や覚悟』が似ている。

彼の祖母も良く私に頼みごとをしてきて、その度にこう言った。

「あなたには断る権利があるのよ。あなたがノーと言ったら、私はそれを受け入れなければいけない。

あなたと私はフィフティーフィフティーの間柄なんだから。」

そうやって私の警戒心を解き、私は彼女の提案を受け入れてきた。勿論、私自身の選択で。

はぁ~、本気で終えるつもりだったのに。

情に絆(ほだ)されてどうするのよ!!