悪いことはいつでも1つだけやってこない。

あれとこれ、これとそれ。

いつだって複数だった。

 

遠い昔、私の自信と、私の恋心は同時に消えていった。

比較的最近、築き上げた虚像と、本物と信じていた恋を同時に失った。

そして今、大切な家族と、あたりまえだった生活がぐらぐらと音を立てて崩れようとしている…

 

 

 

-2016.11- 

 

ハラボジの裁判は着々と進み、有効な手立てがない私たち家族を奈落の底へ追いやろうとしている。

“誑かされた我々が悪いんだ”とアッパは自分の否を認めている。でも誑かされたって誰に?

 

「冷淡に聞こえるだろうが、“誑かされた”って言うのは親父さんの最後の意地だ。正確な言葉を選ぶなら、“魔に魅入られた”ってとこか?いずれにしろ、お爺様も親父さんも病院のものを自分のものにし、それを使って更に利益を得ていた。罪を償うよりない。」

ユンド先輩はそう言った。

 

私はまだ信じられない。だけど解ったことがある。私が信じられるか、信じられないかは重要じゃない。

そしてその罪を償うのは、ハラボジとアッパだけでなく家族全員だということ。

 

ハルモニとオンマは実家に逃げた。そして、その実家に居る場所がなくオンマはここに戻ってきた。

 

「まったく私の家なのに。後から入ったくせにあの義妹は…」オンマはそう言った。

 

そんなの当たり前なのに…嫁ぎ先から帰ってきた厄介者、、自分達家族に暗雲をもたらす存在を喜んで受け入れる筈がない。オンマが理解出来ようが、出来まいが、この事実は決して変ることはない。

 

「アッパはまだまだ安静が必要だから、ストレスを与えないように気をつけて。」

 

「ソウ、ユンドに話してくれた? お父様は手を貸してくださるって?」

 

「オンマ!」

 

「ハラボジの裁判を何とかして貰わないと。アッパはこんな身体だから、助けて貰わないと大変なことになっちゃう!!

 

身体を震わせ、ヒステリックに叫ぶオンマ。惨めだ…。この期に及んで、まだそんなことを言ってるなんてあり得ない!

 

「ねぇソウ  ソウ!!!」

 

大声を出し、泣き喚き、駄々を捏ねことしかしない、ううん、出来ないオンマ。

 

「わかった。その代わり、オンマは生活費を稼いで来て頂戴。一ヶ月にいくら必要かオンマが一番知ってるでしょ。」

 

泣き声が止み微笑んだのもつかの間、オンマの顔は夜叉に変った。

 

「そんな事できるわけないじゃない。どうして私を責めるの? みんなしてどうして私を責めるのよ!!!」

 

惨めだ。オンマが惨めなんじゃなく、そんなオンマも抱え込まなきゃならない私が惨めだ。

 

「お金を稼げないなら、家のことを全部やって。うちにはもう人を雇う余裕はないから。」

 

「ソウ、ごめんね。でもオンマひとりでこんなに広いこの家を守るなんて…」

 

「大丈夫。近いうちに小さな所に移るわ。」

 

「ソウ?」

 

「この家にはもう居られないの。ハラボジの裁判が終われば、ここには居られなくなるの。当たり前でしょ、盗んだお金を返す方法がないんだから。」

 

「ソウ!!!!」

 

 

                                        ◇    ◇    ◇

 

「部屋を借りるって?」

 

「うん、今の家にいつまでいられるか分からないでしょ?小さな所に移れば何かと便利だし。」

 

わずかな間に、ソウは大人になった。いや、成らざるを得なかったか…。

 

命だけは取り留めた父親の闘病、勝つ見込みのない裁判、寄りかかるだけの家族、これだけ揃えば仕方ないか。

 

「院長に相談してみよう。」

 

「えっ?」

 

「社宅を提供して貰えないか、聞いてみるんだ。」

 

「そんなの無理じゃ…」

 

「親父さんは病院とは関係がなくなったが、おまえはクギル病院の医師だ。充分資格はあるさ。」

 

「でも、ハラボジの裁判のこともあるし…」

 

ソウはまだ分かっていない。誰もがオヤジさんのような人間じゃないってことを。

 

「キム・テホ院長は懐の深い人だ。あの人ならきっと “お爺様とお父上のことは病院として裁判で決着する” “わが病院の医師である君が家族と同居するための社宅を申請することもなんら問題ない”

そう仰るはずだ。今、お前がやるべきことは病院が手放したくない、実力ある医者になることだ。

しっかり、腕を磨け。泣き言はそれからだ。」