夫の威光を着ている有閑マダムの“ごっこ”

私の目にはクギル病院婦人会はそう見える。他病院よりましに見えるのは院長夫人が直接関わっていないこと位、かしら。実態がない割には幅を利かしているのがこうした組織の悪い点。

有り体に言えば、盆暮れの付け届けに始まる贈答合戦。その過多で夫の未来が開けると信じ込んでいる者、信じ込ませる者が多すぎる。中堅以上の医師ならばそれもいいだろう。けれど若手医師が薄給の身で強制されるのは拷問としか思えない。

もうひとつ、医師以外にもこうした贈答合戦を繰り広げる輩がいる。そう、製薬会社の営業マンだ。こちらは豊富な資金を元に攻勢を掛けてくるから性質が悪い。自社製品の売り込み、新薬の開発等々、病院の協力を仰ぎたい彼らに絡め取られる医師は決して少なくない。中には、志の高さから患者を含め一切の贈り物を辞退する医師も居なくもないが、その数はわずかだ。

 


“病院が健全でいるために、この悪の連鎖を断ち切らなければならない”

それが創立者ホン・ドゥシク先生の考えだった。あの方の高潔な精神はチン父子の拝金主義に汚されてしまったが、彼らを一掃したいまが再徹底するチャンスだ。

わが夫キム・テホは元々物欲のない人間なので、これに関して揚げ足を取られることはない。

チン父子が失脚した今、一番の癌は彼から甘い汁を吸わされていた人物、

第一外科科長兼広報部長を務めるペク・ホミン教授だろう。

若い頃の彼はそう目立つ存在ではなかったが嗅覚が発達していて、

自分の出世に役立つ人物を嗅ぎ分ける能力に長けていた。

だからしっぽを丸めて、チン前病院長の犬になった。

その威光を借りて裏で病院を仕切り始めたのがキム・スヨン。

夫も夫だが、実力が伴わない分夫人の方が罪深い。

それが先生と私の見方だった。

 

『いまは大人しくして距離をとって置きなさい。

いずれ直接対決する時がくるから、その時のため、目立たず相手に油断させることだ。』

先生の言葉に従い身を潜めている間子育てに没頭できたことは、

私たち夫婦にとって有難いことだった。

 

 

 

「…病院は企業とは異なり公益に寄与するものでなければならない、

というのがクギル病院創立者であるホン・ドゥシク先生の理念でした。

この理念を基に活動されてきたのが、キム・スヨン会長率いる婦人会と考えております。」

 

久しぶりに顔を出した私に儀礼的であれ「挨拶を」と話を振られたので、

少しだけ話をさせて頂いている。

周囲の反応は、無関心、反発、あきれ等々さまざまだが、

せっかくの機会を無駄にする気はない。

 

「前社長、前院長が引き起こした不正により受けたクギル病院のダメージは計り知れません。

ですから、今こそホン・ドゥシク先生の理念を行動に移すべき時だと感じておりますが、

皆様はどうお考えでいらっしゃいますか?」

 

「そうはそうよね」

「尤もですわ」

 

「そこで、より大きな行動を起こすべく婦人会の体制も強化すべきだと考えます。」

 

「えっ?」

「ん?」

 

「これまでご尽力くださったキム会長にご指導いただきながら、

より公益に寄与する活動に舵を切ることが大事かと。」

 

「ちょっと待って」

「それでは、これまでとは違う活動をということですか?」

 

「いいえ、決してそうではありません。

キム会長がこれまでなさっていた活動を基盤に、

社会貢献活動へと活動の範囲を広げるという趣旨です。

これは主人から聞いた話ですが、

クギル病院広報部長であられるペク・ホミン先生からも同じ趣旨のご発案があったとか。

そうですよね、キム会長?」

 

「えっ? えぇ…」

 

「ここは一丸となってダメージの払拭、いいえ、広報部長が仰ったとおり、

クギル病院が公益を重んじる団体であることをアピールしていくことが大切だと。

皆様そう思われませんか?」

 

やっぱりね…

キム会長は病院にも、ご主人の仕事にも関心はないよう。

ペク先生の発案も理事会で吊るし上げられた際の思いつき発言だったと聞いている。

夫婦そろって人に寄生することは得意でも、何かを築くタイプじゃないってことね。

 

「私は、ペク先生のご発案に感動いたしましたの。

それで私なりに考えてみたのがこちらです。

公益事業に参画するには、一定の基準を遵守した組織が必要です。

病院の弁護士に問い合わせたとここ、これならば間違いないと仰っていただきました。

これまでキム・スヨン会長がなさってきた事業を大きく展開して参りましょう。」

 

 

 

「女って、こぇ~」

 

「怖いのは女じゃなくて、女の闘いよ。

それだって男の嫉妬ほど醜くないわ~。」

 

ヌナが差し出したグラスしカチンとグラスを合わせヘジョンが微笑む。

 

「確かに、男の嫉妬は…。

こら、ヘジョンおまえも頷いてんじゃない。」

 

俺の頭を叩く振りに、首を竦め舌を出すヘジョン。

振り上げた手はそっと頭に置き、優しく撫でてやる。

 

「それにしてもチホンのこんな姿を見られるなんて、感動だわ~。」

 

「藪から棒になんだよ、ヌナ。」

差出されたグラスに酒を注ぐ。

“ちょっとペースが速いんじゃないか?“

 

「難攻不落だったチホンが、九つも年下の娘にメロメロなんて。

あんたに惚れて泣いた娘達が知ったら呆れるでしょうね。」

 

ヌナが感情をたっぷり込めて話すから、ヘジョンが反応を見せ始めた。

 

「難攻不落って。

先生は確かにモテたけど…泣くほどの娘がいた?」

 

出会った頃の同級生たちを思い浮かべているのだろうか、

焼きもちを焼くでもなく、ヘジョンが不思議そうに呟く。

 

「教師時代のチホンじゃないわよ。

あんたに振られてくさっていた頃のことよ。」

 

“ヌナ、余計なこと吹き込むな!”

焦る俺へ顔を向けると、ヘジョンは不思議そうな瞳でじっと見つめる。

 

「あの頃のチホンはね…」

 

“勘弁してくれよヌナ、俺に恨みでもあるのか?”

頭の片隅でボヤキながらも、ヘジョンから目は逸らさない。

どんな小さな変化も見落とすんじゃないぞ、コイツは何も知らないんだから。

 

「諦めかけた夢を取り戻した筈なのに、すっかり抜け殻だったのよ~。

先生と一緒にアメリカに行って…最新の技術を習得し、論文も評判が良くってね…

だけど、いつも不機嫌そうだった。」

 

「酔ったんですか? しっかりしてくださいよ。」

俺が茶々を入れてもヌナは反応しない。どうやら最後まで行く気らしい。

 

「ヘジョンも知っての通り、

あの頃、チホン君とインジュ嬢が結婚したら…なんて先生も願われていたわ。

でもね、いくら彼女がモーション掛けてもコイツったら見事に無視しまくって…。

キレたあの娘はあてつけるように他の人と結婚して。

女心としては、少しくらいがっかりして欲しいじゃない?

なのに、ほっとした感ありありで。

まぁ、あてつけで結婚していろいろあってあの娘も成長したみたいだけどね。」

 

「そうだったんですね…」

 

“って、おまえ知らなかったのか?”

 

「インジュ・オンニが先生のこと好きなのは知ってました。

住む世界が同じだからっていう考え方も、理屈じゃなく納得できたし。

なのに、だめですね、この男(ひと)は。」

 

「なんで俺がだめなんだよ。」

 

「ちゃんと言ってあげないから、オンニ、しなくていい苦労しちゃったかも。」

 

焦って説得に入ろうとした俺をヌナが止めた。

 

「ヘジョンが言うことも解るんだけど、そういうとこをはっきりさせないのよ男は。

男ってさ、どっか女々しいじゃない。

言わなくても解って欲しいだとか、言って傷つけるのは可哀想だとか。

だけどね、あの時のチホンは正気じゃなかったの。

あっ、仕事に関してはマトモだったわよ。でもそれ以外は心ここにあらずって感じで。

ヘジョンのことが気がかりで、ヘジョンのこと以外はどうでも良かったの。でしょ?」

 

“参ったな…、今日は罰ゲームなのか?”