私の韓流な子供時代 (2) | 韓国語講師の子育て奮闘記

韓国語講師の子育て奮闘記

私は韓国の釜山出身。韓国語と料金の講師をしています。日本人の主人との間には二人の娘。私の幼年時代から今までの歩んできたことや、妻として、そして子供達の母親として頑張ってきた事、これからやりたいことを綴っていきたいです。

 私と兄は同じD小学校に入りました。

 その後、母方の祖母(외할머니)の家(祖母名義で小さな家を何件か持っていたので同居ではない)に引っ越ししたので、学区が変わり妹と弟は違うY小学校に通うことになりました。

 母には6人の兄弟がいて、母は長女でしたので、一人で生活を抱えている祖母をよく手伝っていました。

 私がいまだに叔母達と仲が良くて、特別な関係であることもこの数年間近くで暮らし、喜怒哀楽を共にした歴史があるからです。
 
 祖母は家の前の空地にサンチュ等の野菜を植えたので、よく肉や魚料理を包んで食べたりした記憶があります。

 庭には葡萄のつるがアーチを作り、黄緑の大きい粒がいっぱい実り、美味しそうでした。近所の友達と大人の目を盗んで秘かに自分の小さな口の中へ夢中にそれを入れ込んで食べたそんな時もありました。甘酸っぱかったな...

つづく