こんばんは。
千葉県は外房の大網白里市で、自営業の妻と5歳になった息子とロシア🇷🇺系の猫と暮らすサラリーマン17回生です。
昨日は、5歳の息子から寝る前の読み聞かせで、パパが大好きだった人の事を話してよ〜と言われ、恋焦がれた懐かしい中学生時代の昔話を訥々と読み上げておりました。
それはね、今から約30年も前のお話です。
中学校に上がったばかりのパパはクラスで隣になった女の子に一目惚れをしてしまいました。
その女の子は目が大きくクリッとしていて、鼻が高く、目鼻立ちが整っておりました。
性格は積極的で、新学期が始まってから数日であだ名で呼ばれるようになっておりました。
あだ名で呼ばれると心の距離が縮まって、親近感が湧くんだよ。
そして、授業中の先生の話しはそっちのけで、好きな歌手の話、好きな異性の話、小学校時代の話、サッカーや野球の話。
お互いの興味がある話をずっと語り合っておりました。
ほとんど授業を聞いていなかった記憶もあり、よく先生は許してくれたな〜と今になって感謝しております。
さてさて、その女の子は外見が可愛らしく、積極的な性格で自分を可愛いとよく分かっており、とても自信に満ち溢れておりました。
まあ、小学校を卒業したばかりの僕には今まで出会ったことがない異性の姿でした。
そのため、狼狽を隠すのに必死な毎日でございました。まあ、その辺もとっくに見抜かれていたようではございましたが。
さてさて、そんな毎日を過ごしながら、気がつくと僕はありのままの自分をその女の子の前では曝け出す事ができていたんです。
曝け出されていたというほうが正確かもしれませんが。
その女の子とのおしゃべりの時間はとても楽しく時が経つのも忘れており、気づいたら授業が終わるチャイムの鐘が鳴っておりました。
その時に生まれて初めて、本当の自分を人の前で表現する気楽さというか、愉しさ、充実感を感じる事ができたんですね。
その女の子は人との距離感の詰め方がとても上手く、その上、聞き上手でしたから、僕の話しを遮る事もなく、興味が正直薄いような清原選手のホームランの話しやJリーグの斜位争いの行方も黙って聞いてくれました。
自分の話しをそこまで丁寧に聞いてもらった経験がなかったので、ついつい喋り過ぎてしまっておりました。
でも、今思い返してみると学校生活、いやそれまでの人生の中で、あそこまで本当の自分を包み隠さず表に出せた事はなく、あの時が頂点だったのかなと思っています。
一言で言えば、相性が良かったという表現に収まるのだとは思いますが、僕にとってはそれ以上の意味を持つ関係だったと信じています。
その後は、多感な時期の思春期にありがちな惚れた腫れたの騒ぎがクラス全体に広がり、僕とその女の子の関係は静かに消えていきました。
ただ、もう少しだけ2人だけの時間を過ごしたかったなと淡い後悔が頭の片隅に澱んでいました。
そして、一言だけでもありがとうと言いたかったなと今でも感じています。
という内容をもう少し噛む砕いて、息子に聞かせていたら、いつの間にかスヤスヤと夢の世界に鼻息を立てながら、飛び立っておりました。
人は自分らしい本当の姿を見せられる相手や空間で過ごせると、生き生きとしたワクワクとする前向きな気持ちになれるんだよと最後に伝えて、息子の身体を抱きしめていました。
半世紀以上も前の中学校1年生の1学期の短い時間でしたが、今でも鮮やかに当時の会話の内容が思い出され、心の奥にもう一つ暖かい火が灯るような心持ちになりました。