こんばんは、外房で暮らすサラリーマン17回生です。明後日から幼稚園の年長になる息子と会社経営をしている妻と、ロシア🇷🇺系猫と田舎暮らしをしています。

突然ですが、日本ってとても協調性を大切にする国だなって感じております。

幼稚園でも、小学校でも周りと同じように考え、動かないと目立ち、迷惑をかけてしまう。

迷惑をかけないように、周りと同じように考え、行動する。

卵が先か鶏が先かの延々と終わらないループ。

で、それがコンビニやパチンコ屋さんのアルバイトでもメガバンク(新卒で入社してすぐ辞めました)、商社、メーカーどこでも変わらないんです。

これを国民性と呼ぶのでしょう。

さて、協調性があると社会の秩序が保たれ、綺麗な都市計画、ゴミのあまり落ちていない街並みなどが実現されるという利点があると思います。

ただ、個性が時として圧迫され、控えられてしまう弊害もあると思います。

そして、周りの目を気にして、周りからどのように見られているかで自分の思考、行動が制限されてしまう。

それが本当の人生なのでしょうか。

僕はタイに🇹🇭10年くらい行ったり来たりを繰り返し、現地で仕事もしていました。

タイ人に協調性という言葉はあまり当てはまりません。

車は一般道路でもどんどん追い抜かし、仕事も自分のやり方で、自分の領域だけをやり、終わったら帰ります。

バスの中で延々携帯電話で話し続け、ホテルのレストランではラジカセから音楽を流しています。

公共心が薄いため、周りの迷惑は知ったこっちゃないという国民性です。

ただ、みんながそんな感じなので、人は人という感じでお互い干渉しないようです。

気にならないわけではないが、他人の行動は咎めない。そういう不文律が存在する。

日本とどちらがいいというわけではありませんが、タイには自殺する人が日本より圧倒的に少ないです。

日本より遥かに少ないお給料で貧しい生活をして、子供のために田舎からバンコクやプーケットに出稼ぎに行って、帰省はお正月だけ、年に1回でも死を考えることは全くないとは言いませんが、僕は聞いた事がありません。

それが仏教徒として、現世で徳を積むという教えに基づいているとしても、精神的に追い詰めるような思考にはならないのかと感じます。

一方、日本は学生、社会人問わず老若男女自殺をするケースが多いです。
電車に飛び込む事が日常茶飯事の国なんて日本くらいではないでしょうか。
僕も感覚が麻痺しているので、人身事故があったら代替移動を瞬時に考えるだけです。

生活保護や年金など、社会福祉制度が整っており、働けなくても死にはしない国にも関わらず、これだけ自ら死を選ぶ国民がいるというのは、この国の持つ国民性(集団主義、集合意識)が関係していると思えてなりません。

周りと同じように学校に行けない、会社で人間関係が上手く行かないから会社に行けない。

だったら、行かなければいい。

村での役割が重くて、田舎に移住したけれどストレスから左耳が聞こえなくなってしまった妻のお父さん、僕のお義父さん。

だったら、横浜のマンションに帰ればいい。
もしくは外房のうちの家で一緒に住めばいい。

我慢を重ね、身体に異常をきたすほど、住むところに固執する必要もない。

無理なら移動して、楽に生きられるところで生きていけばいい。

それは仕事でも学校でも同じなのかなって思います。

スッと空間移動の術を使って、ワープをする。

何処かに、自分らしく生きていける場所がきっとあるのだから。

そういう楽な気持ちで、毎日を生きていけたらいいなって思います。

そのため、最近転職回数が増えてしまいました笑