今が大事と言います。
過去と他人は変えられない
未来と自分は変えられる
今の自分を変えれば未来が変わる
とも言います。
だから、
今が大事。
ですが、
世の中、誤解が誤解を生んでいます。
その結果、
今が良ければ、後はどうなってもいい。
自分さえよければ
家族も含めて、他人がどうなっても構わない。
そういう風潮が蔓延しています。
むしろ、そういう風を起こしているようにすら感じます。
根本にあるのは、
「死んだら終わり」
という思想です。
だから、生きているうちにいい思いをしておかないと・・・
死んだ後に何を言われようが
勝ち逃げ、サイコー!
となります。
(極端ですが)
そうでしょうか?
菅原道真公は逆ですね。
生前は左遷をされて、そのまま生涯を閉じました。
怨霊になって祟り
その怨念を鎮めるために天神様として祀った
と言われていますが、
祟りがあったと言われた地域以外の
全国各地で、神としてあがめられています。
芸術家も
死後に作品の価値が認められることが多いです。
「死んだら終わり」でないことを
歴史が証明しています。
でも
死んでしまったら、いい思いはできないじゃないか?
と反論されそうです。
では、質問します。
あなたの子や孫が幸せになることを、あなたは望みますか?
あなたの子や孫が幸せだと、あなたは嬉しいですか?
私は、
それを望みますし、そうなると嬉しいです。
おそらく、子や孫、もっと後の世代が幸せな姿を
生きているうちに見ることは難しいでしょう。
でも、
それを望みますし、そうなると嬉しいです。
きっと、親、祖父母、もっと前の世代のご先祖が
私や兄弟に対しても同じような思いを持ってくれていたおかげで
住むところもあり、地域の中でのけ者にされずにいられます。
前の世代があるおかげで、今があります。
今は、次の世代につなぐための今です。
私の肉体は
死ねば無くなります。
でも、命のリレーは今後も続いていきます。
その中で、
私という人がいて、こんなことをした人だ
という話を何代も後の子孫がしてくれたら
とても嬉しいです。
と考えたら、不思議なことに気づきました。
お墓です。
日本のお墓のスタイルは
1つのお墓に何人も眠っています。
西洋(キリスト教?)のお墓のスタイルは
1人1基です。
火葬と土葬の違いなのかもしれませんが
同じ墓に入る
というところから、自然に
自分はリレーの1走者
という感覚が生まれたのかもしれません。
だから、
個人は死んでも、終わりではない
受け継いだ思いや精神のことを
昔の人は「魂」と言ったのだと思います。
言い方を変えれば、
魂を受け継ぐ人がいる限り、死なない、滅びない
とも。
この領域になると
血縁の有無は関係なくなります。
「鬼滅の刃」を最後まで読まれた方には
こんな感覚が理解してもらえるのではないでしょうか?
劇場版「銀河鉄道999」での
永遠の命か?限りある命か?
とも重なります。
長くなりましたので、この辺で。