「ママから発表が有ります
」
と切り出し
3月18日で心菜はおっぱいを卒業します!!
断乳の日を家族に告げました
~~~私の母乳育児は次女が初めてで
その経緯を少し~~~
第二子を授かった時(授かる前)から












母乳育児をしたいという気持ちが強かった私。
きっかけは、長女の時の後悔や悔しさを経験した事です
初産で母乳育児については深い関心がなく、子供を取り上げてもらった助産院で指導や相談を受けるのみでした。
私の乳頭は(陥没して母乳が出る穴が少ない)赤ちゃんがおっぱいを飲みにくい形だったため入院中も母乳指導の度に疲労困ぱい涙が出るときもありました
不安を残して退院🏠
おっぱいを上手く飲ませられず粉ミルクに頼った結果
退院から2日目にはおっぱいがズキズキ痛み左胸が1.5倍に腫れ上がり、高熱が出てしまいました。
まるで火傷を負ったような皮膚の色でした。
『乳腺炎』の対処法も聞いてはいましたが、自分ではどうにもならないと判断し病院を受診。
結果は、様々な処置を医師が試みましたが手遅れで乳房を切開することになりました。
そして、自分の体の事を優先させ薬で母乳を止めました
長女がおっぱいを飲んだのは生後
たった一週間でした
独りで夜中、泣きながら痛むおっぱいと格闘した一週間は本当に辛くて疲れ切ってしまいました

おっぱい以外にも初めて迎えた赤ちゃんのお世話で完全に産後うつ状態

おっぱいをあげられない自分が情けなくてしばらくはふとした瞬間に涙が出る日が続きました



当時は、粉ミルクのメリットもあるし、
こうするしかなかったんだと時間が解決していきました
幸い、長女は何の心配もなく順調に育ち標準的な発育を遂げています
ちょうど長女が生まれた3ヶ後に
親友も二人目を出産し時々
情報交換をする中で
『桶谷式母乳育児』を知ることになりました。
友人にとって第二子のその子を母乳で育てたい!
と私と理由は違いますが一人目を母乳で育てられなかった経験を持っている彼女は自分で調べその助産院へ通うことにしたのだと教えてくれました。
友人伝いに私の乳腺炎の経過など様子を桶谷式の先生に話してもらうと、切開した後でも母乳を飲ませることは出来たと‥‥
そんなことがあり、
情報はどこから取るのが良いのかや口コミの信憑性を痛感しました
自分のおっぱいは「難あり」
と肝に銘じておくことにし、
二人目の出産をしたときにはこの桶谷式を自分で尋ねようと決めたのです
幸運なことに第二子をすぐに授かることになり、その時は間もなくやって来ました
長女と同じ産院で出産をし、同じようにまだ見覚えのある気心の知れた助産師さん看護士さん達に授乳指導をしてもらいました。
みんな口を揃えて、上の子の時は大変だったけど、よく頑張ったね
と激励されながらの入院生活でした。
一度切開していびつで固く出の悪い左胸はかなり状態が悪いと言うことを誰も否定は出来ず、
スタッフの方々が私の左胸をおそらく半ば諦めているんだろうなと言う空気を感じざるを得ませんでした
退院を明日に控えた日に病室から桶谷式母乳相談室に予約を取りました📱
退院したその足で、夫と長女と共に桶谷式の門をたたきました。
一つずつ話すと長くなりますが、
先生は私の胸を一度の手技で子供が飲める状態にしてくれました
個人の見解で大げさですが、神に救われた心地でした

母乳の出る具合と子供の飲む力双方が落ち着くまで1ヶ月は一日おきに手技に通いました。
その後は10日に一度のペースで通い、
ついに私のおっぱいは役割を全うできました
完全母乳で次女を育てられているのです

そして、日が経ち私が仕事へ復帰する日次女の1歳の誕生日が近づき
桶谷式断乳の日を迎える準備の時が来ました。
断乳と卒乳の違い
断乳は何のためにあるか
なぜ桶谷式の断乳を選ぶのか
夫にどう関わってもらうか
長子にどう関わってもらうか
そして最大のポイント断乳の日をいつにするのか
などなど
先生からレポートの課題を頂き向き合いました。
仕事復帰をするからそれまでにおっぱいを卒業させようと不勉強な私は一度は決めていました。
しかし、上記の問いを真剣に考える機会を頂き思いを改めました
断乳の日とは、
子供が“じりつ”をする日
これが意味する事を勉強させてもらい親にも覚悟か必要なことを教えてもらいました。
その日がついに一ヶ月後に来るのです。
今夜、子供たちと向き合い、
夫にも同席してもらいこの重大発表をしました
今日からカレンダーに印を付けて断乳の日を家族のイベントとして迎える準備をします

桶谷式は知る人ぞ知る考え方ですが、
これから出産を経験する方、には知ってもらいたい考え方がたくさんあると私は思っています


我が家の断乳の日までの経過やレポートをまた随時書いてみようと思います
