Happy shiocheeのブログ

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生存の欲求の一部として歌が組み込まれているような、「本能」で歌っていると感じさせる女性の歌い手が好き。

桐嶋ノドカさんの新たな人生を応援していますドキドキ
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5月25日にユーカリが丘で最後にしおちーを見、その声を聞いてから、半年が過ぎた。
もう半年経ったと言うべきか、それともまだ半年しか経っていないと言うべきか…。

2013年に彼女を知ってからこれまで、冬スポの時期の寒い会場や、初夏から夏にかけての暑い会場で、しおちーの生歌を聴いては心が安らぎ、しおちーの生歌を求めて可能な限りLIVEイベントを追いかけていた自分がいた。

しおちーは、遠征してでもライブで生歌を聴きたいと自分に思わせた最初のアーティスト。
ライブに参戦するために、仕事のスケジュールを調整し、初めての土地ではライブ会場までの交通機関と時刻表を調べ、交通費とCD購入費用を考慮した収支計画を立てる。

今では当たり前のようにしているこれらのことは、しおちーに出会うまでは全くというほどやっていなかったし、その必要もなかった。
それまでの自分の生活において、そのようなことのプライオリティは低いものであったと言える。

ところが、しおちーというアーティストに出会って、その歌声を聴いた時から、自分のライフスタイルはそれまでとは変わったものになり、しおちーの生歌を聴くことが、自分の生活の中で最もプライオリティが高いものとなっていった。

仕事やプライベートに関わらず、人は自らが心底その価値や意義を認めたことに対してのみ本当にエネルギーを注ぐことができる。
価値を見出したものは当然プライオリティが高くなり、そのもののためにはライフスタイルさえ変えることができる。


あれから半年が過ぎ、今、しおちーの中では何が一番価値のあるものとして位置づけられているのだろうか、との思いが湧き上がってくる。

それなりの長い年月を生き、数多の歌を聴いてきた自分に、震えるほどの才能を感じさせ、自分のライフスタイルさえ変えてしまったその歌声以上の価値を、しおちーは自らの中に見出せているのだろうか。

もし、しおちーが音楽以上の、歌以上の価値を既に見出しているのなら、そのまましおちーの幸せを祈りたい。
ただ、もし現在の状況が果たして正解なのかという不安や迷いがあるのなら、自身の中で心底価値を感じられるものが何であるかを静かに、焦らずにゆっくり考えてくれたらいいな、と願っている。

そして、もし
「私にはどんなことがあろうと、音楽がない生活はできない。」
「私にとって歌うことは生きること。」
と思えることがあったら、自分たちファンは死ぬ気でもう一度応援したいと考えている。


しおちーの卓越した歌の才能を埋もれさせないために…。