久しぶりに、バイトで「パートのオバチャンの愚痴」という狭間で苦しむ人を見ました。
バイトではよくある風景ではあるけれど、実際耐えられない若い子は多いんじゃないかなぁ。(あたしが歳いってるという意味ではなくてね!) 大抵がパートのおば様方の過度な世話焼きからくるストレスなんだけど、私の場合、いつも自宅の「お母さん」がそれに当たる人なので特に気にならなかった。逆に、
「ああ、この人たちはパートで毎日毎日同じ場所、同じ時間に働いて代わり映えのない日々を退屈に過ごしているから愚痴の一つも言いたいんだな、でもかと言って長年やってきた経験からそれなりのプライドを持っているために自分のやり方に自信があるからそれを若い子に教えようと手を貸そうとするけど、実際は空回りしちゃってるんだよなぁ」
なんて思ってしまう。要するに、新人が現れることで、退屈な自分の仕事に変化を求めているんだと思う。新人に世話を焼くことで時間も潰せるし、人間関係の派閥にまだ属されていない新人はいい愚痴聞き相手になってくれるしね。そんな風に考えてみると、こちら側としては、接客にしても何か困ったことが起きてもおば様たちが助けてくれるから、逆に多少世話焼きがしつこくても、こっちが笑顔で(適当に)流していると面倒事も頼みやすくなるんだよね^^
人への愚痴を言っているときの顔って皆顔が醜くなるんだって。愚痴を言って一瞬はスッキリするかもしれないけど、それは溜まりに溜まって顔に醜く表れてくるし、周りにも伝染していく。だから、人の悪口は人には言わない。キレイな顔でいたいから。
・・・というようなことを、この前ラジオで言っていた気がする。
あたしもそう思う。愚痴・・と言うより、人への悪口を言うたびに心が荒んでいくと思う。恨みも買うしね。だから、私はパートのおば様たちのようにはならない。キレイな顔でいたいから。仮面の下でギラギラと目を光らせて、鼻息を荒立ててまで守る関係なんてのは面倒くさい。
嫌ならやめればいい。
したくないことは、しなければいいじゃん。
愚痴を言う私へある人が言った言葉です。
この後には、「だって・・・」とか、「それができないから悩んでるんじゃん」なんて言葉は繋がりませんでした。愚痴を言うっていうことは、解放されたいって訴えてるんでしょう?解決への後押しをしてもらいたいんでしょう?嫌なことを愚痴を言い続けてまで続ける必要はない。他にやりたいことや、もっといいことを知っているからこそ嫌なんだから、もっといいところを探してそこに移ればいい。嫌ならもっといいとこに行くために、やめちゃえ。
人に愚痴を言うってそういうことなのかな、って思った。
ただただ同じことを繰り返して言う愚痴は一生解決しないんだな。
本当に解決したいなら、そこから抜けるべきだ。それすらしようとせずに同じ場所にしがみ付いてまで留まろうとするのは、その場所が居心地いいと自分でわかっているから抜けたくないんだよ。誰のせいでもない、自分の甘えだ。そんな人の愚痴はとてつもなく醜くて、解決作を全て否定することで努力を惜しみ嘆き続ける。
そんなんじゃ、世界は革命できない。