数年前に救急車に同乗したことがありました

実父がアナフィラキシーショックで意識不明になり、弟が救急車を呼んで(この時は弟が同乗)、近くの診療所に搬送され、点滴を受けてすぐに意識も戻り、その日のうちに帰れたのですが、意識が戻った父はずっと首が痛いと訴えていました
搬送先の内科の医師にも伝えましたがスルー(アナフィラキシーショックで首が痛くなることは無いと言われました)
父も父で、寝違えた程度の話しぶりなので、緊急性はないかな?と判断
当日は日曜日だったので、翌日朝イチで整形外科に一緒に行くことにしました

そしたらなんと首の骨が折れてて^^;
弟が見た時にはすでに倒れていたので、どんな風に転倒したか見ていないので分からなかったらしく、まさか折れてるとは…
もしかすると当日はヒビくらいだったのが、一晩放っておいたから折れたのかも?だけど

そんなオオゴトだと思わず、普通の整形外科に行ったので、受付から問診まで、小一時間待合室で待たされ、レントゲン室にも歩いていき、レントゲンを撮影してから診察まで、また小一時間待たされ、その間トイレも自分て歩いていってたのに
折れてると分かった途端スタッフがバタバタし始めて、ストレッチャーに寝かされ、別室対応になりました

当然、町の整形外科では対応できず
受け入れてくれる大きな病院を探すことに

第一希望は、私が住んでる市内の医療センターでしたが、そこはベッドが空いてなくてNG
大きな病院の中では、2番目に家から近い病院で受け入れが決まりました
搬送に救急車を使うので同乗するよう言われたのですが、
私の家から西へ車で30分の実家へ父を迎えに行き、整形外科はさらに西へ30分
転院先は私の家から東へ30分
つまり整形外科から転院先まで車で1時間半の距離
私が同乗したら、整形外科に私の車を置いていくことになるので、1時間半かけてまた車を取りに行かないといけない
公共交通機関 未発達地域なので、タクシー使うといったいいくらかかるんだー!

転院先が決まってからも、手続きやなんだかんだで搬送までかなり待たされていたので、整形外科のスタッフに
「自家用車で来てるので、救急車には同乗せずに今すぐここを出て、病院に向かいたいのだけど」
と言っても、転院先でのカルテ作成のために同乗してもらわないと困るの一点張り
(だから、到着に間に合うように早く出たいんだってば)

父は認知症もなく記憶力や判断力に問題ないし、そもそも子供のことなら親の私が答えられるけど、父の家族歴(既往歴)とかって、子供の私は知らない話だし
父の父(祖父)は私が2歳の時に病気で他界したけど病名も知らないし、同居の祖母は、私が成人してから亡くなったので、ある程度はわかるけど、父の兄弟姉妹も私が産まれた時には別世帯の人で、持病まで詳しくは知らない(普通は知ってるものなの??)
結局は既往歴の聞き取りも父本人が答えてるわけだし、私が残る意味よ

それからもただ待たされる時間だけが過ぎ、
整形外科の受付をしたのが9時、救急車に乗り込んだのは13時
救急車といってもぶっ飛ばすわけじゃないので、普通より数十分早いかな??程度
父と付き添いの看護師さんと3人で世間話ししながらのドライブ
看護師さんの帰りの足を心配したら、引き継ぎが終われば乗ってきた救急車に乗って帰るらしい^^;

一通りの処置(その日は応急処置で手術はまた別日)や手続きが終わったのが19時
ダンナさんに病院に迎えに来てもらい、整形外科まで送ってもらって(高速使って時間短縮)そこからは2台で帰宅
途中、実家に寄って入院に必要な物をまとめて私が帰宅したのは深夜
今思い返しても長い1日でした
自家用車で転院先に行けてれば、少しは早く帰れたのになー

もちろん、年齢(当時78)も年齢だし、場所(首)が場所だし、車内で急変した時は決断を求められる可能性もあるから、同乗する方がいいのも分かってはいるんだけどねー



これらは2020年の話なので
今さらですが備忘録として手術の経過もツラツラと

転院してから検査をしたりで、手術をしたのは入院から10日後
コロナ禍で制限されていたので、術中に待機できるのは1人だけ
これは弟にお願いしました
説明では、手術は数時間とのでしたが
始まってみると、意外に骨がもろくて慎重に進めて頂いたらしく、倍の時間がかかったそう
何とか無事に手術は終わりましたが、手術の日からまた面会は一切NG
ただ、父はLINEを使いこなせるので
写真や動画で現状の把握もできたし、
必要なものも、画像付きで分かりやすく伝えてくれるので、会えなくてもさほど困らなかったかな笑

手術をした病院は2ヶ月で退院できましたが、自宅には帰らずリハビリのためうちの近くの病院に入院
その送迎のため2ヶ月ぶりに再会した父

元気なのはLINEで知ってはいたけど
入院生活で多少足腰が弱っていただろうと思っていたけど、動いていい許可が出てからは、コインランドリーやコンビニなど、病院内を自由気ままに歩いていたらしく、退院手続きをしてくれた看護師さんが、私たちよりもスタスタ歩いてらっしゃいました、と言っていただけて、なんだか誇らしい気持ちに

リハビリ病院退院後、数週間後に手術をした病院で経過を診てもらい、それから2年近くは3ヶ月に一度の経過観察
ここ1年は半年に一度通院して、
手術からまる3年経過した2023年夏、通院から解放されました

入院中にわざわざオーダーして作った高価なコルセット
退院してからも全然つけなくて、
せめて通院の日だけでも付けてよ!と言っても面倒くさがって持って行かず、担当医も苦笑
見てるこっちはヒヤヒヤものですが、 
本人は全く気にしてなくて

昔は父のマイペースなところが、どうも苦手で避けていた時期もあるのですが、
今は、面白い人だなぁ、と思えるくらいに私
も成長しました

現在81歳、あれもダメこれもダメと制限してボケてしまうよりは、他人に迷惑かけない範囲で好きなことをしてもらえたら、と思っています

好きなことと言えば、経過観察が終わったこの夏、81歳で弾丸富士登山に成功していたらしい
ちなみに私には事後報告でした

コロナが5類に移行したこの夏
山小屋が満員になるからか、弾丸登山する人が増えて、登山途中で体調不良者続出というニュースを見て、「気が知れない」と思っていたのに、まさか父親が弾丸富士登山を成し遂げていたとは!

何事もなく無事に下山、帰宅出来たから武勇伝になったけど、面白いけど危なっかしい人です