誰も誇ることのないために | 真夜中の伝道(死にたくなったら読むブログ)

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昼の喧騒から離れ、夜に読んでほしいです。孤独な魂に、必ず聖書の言葉が届くと信じています。

「なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この2つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分でしたいと思うことをできないのです。」



聖書の文字だけ読んでも聖書はピンと来ないのです。


怖いだけです。


しかしそこに聖霊が働くと、聖書が愛に満ちた書であることを私たちは理解し始めるのです。


人間的知識、知力、頑張りでは聖書は理解不可能だと私は思います。


聖書理解にすでに神様の力を私たちは必要とします。


肉(人間)は御霊(神の霊)に逆らうのですから、私たちが人間的に聖書を読んでも、「おっかねぇ。」とか、「勘弁してくれよ。」とか、「ああ、うんだりだよ。」とか、神様に対してそんな冒涜的なことしかおもいつかないのです。


例えば、マザーテレサのような聖者であったとしても。


「誰も誇ることのないためです。」(エペソ人への手紙2章9節)というのは、そう言うことを意味しているのです。