毒を吐く「悪」を演じてみるとスッとする時があるが「善」を演じてみてもちっともスッとしない。 これだけみても人間と言うものがいかに「毒溜め」の生き物だと言うのがよくわかるのです。 だから、誰かに毒をはかないと人間の中に「善」は湧き出てこないのだ。 そしてイエス様の十字架だけが私たちの汚わいのような毒を天まで昇華させる力を持っているのだ。