前売り券を購入済みだったので昨日は弟と『TIME』を鑑賞しに行った。是非、藤子ファン的にレビューしたい!ちなみに今年に入って劇場で鑑賞した作品は『怪物くん』『海賊戦隊ゴーカイジャー』VS『宇宙刑事ギャバン』『テンペスト』『ダーク・フェアリー』『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』『ALWAYS三丁目の夕日』64、『しあわせのパン』『ヒューゴの不思議な発明』に続いて9作目だ。

 身体が25歳のままで止まり老いることのない近未来にて余命が通貨になった世界。富俗ほど長生き出来て、スラム街の住人ほど時間切れになってしまう世界を描いた作品として話題になった作品。予告から「是非、鑑賞したい」と藤子ファン的な好奇心を煽られたこともあって前売り券を購入していた。

 時間が通貨となった世界って或る意味でリアリティを感じるね。結局、我々は「生きるためには食わないといけない」訳だし、医療費なども含めて「我々が生きるうえで脅かす存在で或ることに変わりない」。それが身体こそ25歳のままで余命が通貨となってしまったら・・・・・俺は藤子・F・不二雄先生の作品がSukoshiFushigiを好きで描いてるからこそ、避けられないリアリティの恐ろしさが作品の面白さを彩ってると実感してるんだけど、或る意味で短編『定年退食』(ビッグコミックオリジナル74年9月5日号)を連想してしまうし、『21エモン』の銀河系NO2の星「ボタンボン」をも連想してしまう。『モジャ公』でも「フェニックス星の人間は誰も死なない」という設定が描かれてるが、ボタンボン星人たちがエモンたちを「野蛮人」呼ばわりしているように、富俗ゾーンの人間には「スラム街の住人=野蛮人」という感覚が或るのだと思う。そして何より25歳の身体のまま老いて長生きするだけの富俗の人たちにボタンボン星人やフェニックス星人に共通するものを感じてしまう。余談だが『定年退食』自体が『ソイレント・グリーン』という人口増加による飢餓を描いたSF映画のパクリ説が或るらしい(F先生御自身は『ソイレント・グリーン』という映画に影響を受けていない)。そういう意味では私自身、是非『ソイレント・グリーン』をレンタルしたくなる作品だった。

 この作品の最重要要素は富俗もスラム街も「絶対正しい」という概念を描こうとしない普遍的な点だと感じる。スラム街では生きるために「熾烈なサバイバル」を強いられる訳であって、「そんな戦場みたいな生活は絶対に避けたい」と感じるのが普通の人間だ。そして「カーチェイスなどのアクション・逃走劇・スラム街育ちの主人公と富俗で大事に育てられた女の子の恋」など王道的に描かれてることも特徴だ。本日、金曜ロードショーでルパンVSコナンが再放送され、来週はカリオストロの城だけに昨日が『TIME』を鑑賞したのは個人的にタイムリーだと感じた。大事に育てられた世間知らずのヒロインが身分違いの主人公に惚れたのも必然だった訳だからね。それにしても主人公の母親ってスラム街で50歳まで生きれたって或る意味で長生きだよね(とはいえ「時間切れによる救えない別れ」が描かれてることは説明するまでも無いんだけど)。

 そして『TIME』で重要なのは時間を監視する職に就いてるレイモンドが主人公を追ってる点だということで或る。富俗とスラム街。どちらの出身がラストで明かされるが、彼は仕事で自分の役目を担ってるわけであって、どちらの見方でもない訳だからね。

 内容は王道的なので「ご都合主義的」な終わり方なのだが、普遍的な要素も含めて藤子F先生が描いていたテーマが全て詰まった作品なので藤子ファンの人ほど、お勧めです。