◢◤私~そして「みづほの道」49◢◤
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
私はいかなる組織にも宗教にも属していない
ただあるは神から授かった「道」のみである
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
高円寺時代にスタートしたJAZZ「てんとう虫」ついて触れておかねばならぬだろう。
「てんとう虫」は新宿歌舞伎町の「新宿センター街」というところにあった。
「区役所通り」と「東(あづま)通り」挟まれた一角にあり、風林会館に突き当たる手前だ。
私と Ako がその物件を不動産で見つけ、準備をして開店に漕ぎつけた。
実は Ako のお母さん「邦子ママ」が経営して、その後 Ako が引き継いだ。
Ako は臨月までその店をやっていた。
ゆえに息子 Mao はお腹の中でたっぷり Jazz を聞いて育ったのだった。
だから Mao は Jazz という音楽の道を選んだのかもしれない(笑)。
本当に小さな店だった。
20年近くやっていたように思う。
お客が十数人も入ればギュウギュウの満席状態。
だがこれが凄い評判を呼んだ。
外国のメディアにも紹介され不思議な空間をつくりだした。
ノキアの極東における社長やIBMの重役(ジョエル・カープさん)、そして世界的数学者のバシェック・シバタルさんなどもやって来た。
新宿歌舞伎町という都内でも有数な歓楽街で店を出したことが当たった。
とにかく料金が安くて飲んで食べて Jazz が聞けてという家庭的な店だったからである。
評判を呼んでミュージシャンたちの溜り場にもなった。
ミュージシャンたちは休憩時間にやってきては飲食をして、互いに情報を交換し合ったりした。
「てんとう虫」に行けば仕事にあるつけるという事もあったと思う。
その当時「てんとう虫」を知らないミュージシャンはもぐりであったろう(笑)。
ピアノの「山下洋輔」さんやフォーク・シンガーの「浅川マキ」さんらも馳せ参じた。
歌手の「石川さゆり」さんや「小椋佳」さんもやって来たことがある。
海外の大物ジャズ・ミュージシャンも「てんとう虫」のファンだった。
米ジャズ界における最も功績のあるうちの一人である、アルトサックスの「ベニー・カーター」や、後に Mao も共演することとなったピアノの巨人「レイ・ブライアント」等だ。
ちなみに「レイ・ブライアント」は私がお手本としたジャズ・ピアニストであった。
親子三世代(笑)!
ドラムの「アート・ブレイキー」も来店する予定であったが、惜しくもアクシデントで中止となったいきさつがある。
「細うで繁盛記」というドラマがあったが、まさにそれだった。
私はと言えば、すぐ近所の区役所通りにあった会員制の「ミスター倶楽部」でピアノの弾き語りをやっていた。
「ミスター倶楽部」は月曜~金曜まで毎日5年以上も演奏していたところだ。
休憩時間には「てんとう虫」に顔を出していた。
まるで用心棒のようではないか(笑)!
斜め前には「かくれんぼ」という店があったが、映画監督の「鈴木清順」さんの奥さんが経営していた店だった。
監督も用心棒として毎日通われていた(笑)。
ところで、お客に小説家の馳星周がいた。
彼は当時まだ無名で「バンちゃん」と呼ばれていた。
その後、「不夜城」という小説でデビューし、1996年に第18回吉川英治文学新人賞を受賞している。
これはまた金城武主演で映画化され話題となった。
鈴木監督も出演しているので面白い。
この「不夜城」こそが「てんとう虫」を舞台・モデルにした映画なのである。
人生は妙なり!