◢◤私~そして「みづほの道」36◢◤ | sonney「あはやさわ☆まなたから」のブログ

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吾速澤真名宝
オトとコトのライフワーカー
Cosmic Sound & Word

◢◤私~そして「みづほの道」36◢◤
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私はいかなる組織にも宗教にも属していない
ただあるは神から授かった「道」のみである
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二十歳の頃だったろうか。。。
私は一から自分の音楽を磨くために足立の実家を出る決心をした。
音楽の仕事は夜が遅いので実家からは通えないからだ。
どこに住もうか。。。
「タムタム」の常連の音楽仲間が高円寺に居たのを思い出し、その辺りを探した。
家賃の高いところには住めない。
すごく立地条件の良い物件が見つかった。
木造二階建ての二階の部屋だ。
驚くなかれ、家賃は月4500円!
だが三帖一間だった。
おまけにトイレも炊事場も共同である。
私は少し躊躇したが、駅からは近いし、目の前には銭湯がある。
しかたがないので、稼げるようになるまではここで我慢しようと思った。
びっくりしたのは窓を開けるとその下には神田川が流れていた。
神田川というと聞こえはいいが、ドブ川みたいなものである(笑)。
ところでその当時、職業をバンドマンと言うと部屋を貸してくれなかった。
瓦乞食のように思われていたかヤクザな商売だと思われていたからである。
しかたがないので、「私は作曲家です」と不動産に言った覚えがある。
生きる知恵。。。(笑)
かつて「3B」という言葉があった。
今では死語になっているが、「バンド・ボーイ・バーテンダー」のことであった。
その頭文字をとったものだ。
ヤクザが一番憧れた花形の職業!
その中でも「BAND」はヤクザも一目(いちもく)置く存在であった。
さて私はその部屋に、日本で初めて発売されたコロンビア社製の電気ピアノを置くことにした。
電子ではなくデンキ(笑)。
とてつもなく重いものだった。
コンセントを入れなくても音が少し漏れる。
当然、暫く経ってから苦情が出た。
練習時間を午後から夕方までに絞った。
このピアノのおかげで仕事を取れたことに感謝している。
タイミング良く発売されたものだ!
生のピアノを弾きたい時は店に行って練習すればいいことも分かった。
当時の店は専属バンドの練習のために、開店の2時間ほど前から店を開けてくれるところもあった。
ところで当時「神田川」という曲が大ヒットした。
私はこれを聞く度に身につまされる。
  「♪ 貴男はもう忘れたかしら 
   赤い手拭い マフラーにして    
   二人で行った 横丁の風呂屋 ♪」
  「♪ 窓の下には神田川
   三畳一間の小さな下宿 ♪」
まるで私のために作られたような歌じゃないか(笑)!
この先は高円寺という街や演奏した場所などを振り返ってみたいと思う。