◢◤私~そして「みづほの道」24◢◤ | sonney「あはやさわ☆まなたから」のブログ

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吾速澤真名宝
オトとコトのライフワーカー
Cosmic Sound & Word

◢◤私~そして「みづほの道」24◢◤
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私はいかなる組織にも宗教にも属していない
ただあるは神から授かった「道」のみである
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私には小中高の学校生活でちっぽけな自慢がそれぞれにある。
小学校六年の時、担任の先生は谷田部先生であったが、そのクラスで何かやろうということになり、私が責任者になってしまった。
その何かというのは寸劇である。
面白いコントのようなものをやるために、私が筋書を決めて演出・監督をやった。
とは言っても、決まったセリフはなくほとんどが即興である。
コント55号のようなことをアドリブを交えてやるのだからスリルがあった。
終わったあとは喝采の嵐だった。
先生は私に「演劇の道に進んだらどうかね」と言ってくださった。
実際に私は舞台演出が好きであった。
それは中学校の時にも訪れる。
学校の文化祭での舞台照明をやる者がいなくて一人で引き受けた。
顧問の先生と相談して、私は花形のスポットライト等を担当した(笑)。
初めての経験だったが、うまくいって皆に褒められた。
実は高校卒業するや否や、六本木の劇団「俳優座」に演出見習いとして勤めることになっていたのだが、音楽の道を進むために誘いを断った。
俳優座に勤務していたら人生は違うものになっていたであろう。
さて高校生の時の文化祭で、私は自分のフォーク・バンドの演奏と音楽部の合唱のアレンジを受け持つこととなった。
ともに全生徒1000人以上の前で演奏した。
友人のY君とステージに立った。
Y君はギターと歌、私はウッドベースと歌であった。
曲はビリー・バンバンの「紅いバラとチョコレート」、エンリコ・マシアスの「わかっているよ」、フランク・シナトラの「夜のストレンジャー」、その他フォークやポップのナンバーであった。
自慢ではないが、目の前の客席で聞いている女子生徒が何人か泣いていた。
まさか苦しくてではないだろう(笑)。
次の日は音楽部の発表であった。
あの壮大なる「フィンランディア」をブラスバンドと一緒に演奏と合唱をした。
それから私の精魂込めたアレンジを披露した。
曲はフランシス・レイの「白い恋人たち」。
混声四部合唱である。
音楽部の顧問の五十嵐先生にピアノの伴奏をお願いした。
先生は今でも私の編曲した楽譜を大切に持っておられるという。
機会があったら再現してみやいものだ。
Y君も元気でいるだろうか。