◢◤私~そして「みづほの道」⑳◢◤ | sonney「あはやさわ☆まなたから」のブログ

sonney「あはやさわ☆まなたから」のブログ

吾速澤真名宝
オトとコトのライフワーカー
Cosmic Sound & Word

◢◤私~そして「みづほの道」⑳◢◤
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
私はいかなる組織にも宗教にも属していない
ただあるは神から授かった「道」のみである
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
(⑲の続き)

当時の都立高校生で社会や学校教育に疑問を持っている者は少なくなかった。

ベトナム戦争が泥沼化していたということもある。

また東大をはじめ、都内の主要な大学で学生運動がおこったことも大きな原因であった。

われらの高校でも全学集会が校庭で開催され、学校教育のありかたで議論を闘わすなどして熱気に帯びた。

ある者は積極的に教師たちにディベートを挑んで、弁士のごとき演壇の人気者となった。

またある者はハンガー・ストライキを行った。

私はといえば、出来の悪い同志(笑)らと共に放課後の集会を行った。

深く広く鋭い話し合いがもたれた。

そのうち日比谷高校や上野高校等で学校封鎖が起こった。

試験等を阻止するために、職員室のある最重要の校舎を占拠して、椅子や机等で誰も入れないようにバリケードする事態となった。

今思えば立派な犯罪である(笑)。

だが不思議と警察や権力は手をださなかった。

大学生のバリケード封鎖に対処出来ないで、高校生を逮捕することなど無理であった(笑)。

わが都立足立高校にもその波は押し寄せ、二学期の期末試験を阻止しようということとなった。

全く恥ずかしいくらいに幼い行動であった。

われらは組織の名を「全学闘争連盟」略して「全闘連」とした。

ヘルメットに「全闘連」と書き、勇ましく連盟の旗まで作った。

ところでその組織の委員長は私が引き受けるはめになった。

躊躇したが血が湧きたった。

「しかたがない。推挙されたからにはやるしかない。それが自分の定めなら(笑)」。

決行日を赤穂浪士の討ち入りの日である12月14日とした。

今に振り返れば「ひふみ四十七士」だったのかもしれない。

人数はそんなにいなかったが。。。(笑)

夜も暗くなって押し迫った頃、われらはヘルメットにタオルで覆面をして職員室に入った。

すると三人ほどの教師が酒をあおってシドロモドロになっていた。

これのほうが犯罪だ!(笑)

宿直をなんだと思っている(喝 & 笑)。

「これから校舎を占拠してバリケード封鎖をするので出て行ってください」。

追い出そうとしたら焦ったように一升瓶とツマミを抱えて千鳥足で逃げていった。

せっかく楽しんでいるのに悪いことをしてしまったなあ(笑)。

その後は急いで机等で入り口を封鎖した。

そして徹夜で外部の侵入者の警備にあったった。

外では私服警官が監視していたことは言うまでもない。

われらは若き戦士であった。

もし外からバリケードを破る者が侵入してきたら、死をも厭わなかったであろう。

それほど全身全霊をかけた愚挙?であった。

赤穂浪士や会津白虎隊や維新の志士たちの気持が少しは分かるつもりだ。

案の定、次の日の昼ごろ右翼が侵入してきて、校舎の中でわれらと対峙した。

応援団が着る学ランを身にまとった強面の奴らだった。

右翼というより、私服警官が変装して忍び込んだのかもしれない。

なぜなら不思議なことに、詰襟には朝鮮高校のバッジを付けていた。

そのバッジに反応するとでも思ったのだろうか。

冗談じゃないよ私服警官殿。

われら高校生は北朝鮮と何の関係もないのだよ。

むしろ国を憂えた志士なのだよ。

このような事に蓋をしたから今の世があると言ったら大げさであろうか。

両親には本当にすまなかったと思う。

どれほど苦労したか。

高校を卒業してもしばらくは私服警官の尾行は続いて、逐一報告してきたからである。

情けない、国のすることか!

「お宅のお子さんは良からぬ人物と〇〇〇へ行っていますよ。注意してください」。

これが権力の実体である。

馬鹿々々しい。

私は気の合う仲間と箱根へ遊びに行っていただけだ。

ところで、その年の夏にクラスの親友と奥多摩へ行ったことがある。

ちょうど大菩薩峠で赤軍派が武闘訓練をやっていたのを知らずにその地に友とテントを背負い通り過ぎていたのだ。

それを公安警察が嗅ぎ付けて内偵していたのだということが後でわかった。

実にバカらしい(笑)!

ここまで来ると大学進学はどうなんだと思うであろう。

ご想像のように、内申書には酷いことが書かれていて、結局は門前払いだったのである。

われらの同志全ての内申書に書かれてある暗号。。。

それは「この者は自己主張の強い人物である」。

かくの如く大学への道は閉ざされた。

これを読む諸氏らはこの歴史に閉ざされた事実を理解できないであろう。

それどころか思考も働かないであろう。

構わないさ!

これが私のあまりにも若き時の正直な生きざまなのだから。。。