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至恩郷と錦之宮
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私はかつで岡本天明師が創設した「至恩郷」の理事をやっていたことは何度も話した。
その時期が一番、日月神示が隆盛を帯びていた頃である。
北伊勢・菰野の至恩郷には、毎月のように人が押し寄せていた。
いわば宗教のメッカと化していた。
ここを訪ねない宗教人はいないのでなないかと思えるほどであった。
各教団の幹部らはことごとくこの地を訪ねたのであった。
日月神示発祥五十周年がそのピークであろう。
成田台方の「麻賀多(まかた)神社はあふれんばかりの人で満ちていた。
こんな事はもう二度とないであろう。
なぜこうも衰退したのか。
ある人に言われた。
「あなたが至恩郷に来なくなってからは、人の足がぱったりと途絶えました。三典(みのり)さんは嘆いて後悔されています。」
三典さんとは岡本天明師の未亡人で至恩郷の理事長をやっておられた方である。
既に他界されて久しい。
私が至恩郷を離れた理由をここでは述べない。
あまりにも複雑な状況があるからだ。
ところで至恩郷は岡本天明師ら三人で創設した施設である。
あとのお二人は、武智時三郎師と辻天水師である。
武智時三郎師はイスラエルの研究や数霊学でも有名な方であった。
もうお一方の辻天水師は、同じ菰野の地で「錦之宮」を創設された方だ。
ここには三雲龍三氏のおろした神書「龍宮神示」等が保存されていた。
結局、三人の志は半ばで折れたといえよう。
その詳細に関してもここでは触れない。
大本にみられるように、厳霊系と瑞霊系は相反する。
至恩郷の岡本三典さんと錦之宮の辻登美子さん(辻天水師の奥様)は特に犬猿の仲であった。
私は何度も双方から悪口を聞かされている。
困ったものであった。
至恩郷と錦之宮の想い出に関してはいつか書いておこうと思う次第である。
錦之宮にも何度か宿泊してお世話になっているが、この二か所はある意味で、大本に勝るとも劣らぬくらいに重要であったことは確かだ。
私は錦之宮で龍宮神示の中の「たま問答」を辻登美子さんより授かっている。
その日は何か嫌な予感がしたので、夕方になり、登美子さんに「今日は泊まらないで帰ります」と告げた。
何度も登美子さんに引き止められた。
「今日はもう遅いから泊まっていきなさい」と言われたが断った。
帰りしな、登美子さんは「あなたのために誰にも見せていない神書を差し上げますから持っていってください」と言った。
それが三雲龍三氏のおろした第一級神示「たま問答」だったのである。
これに関しては改めて取り上げたいと思う。
日本で一番重要な瑞霊系神書であったことは間違いない。
ところで私が錦之宮を去ったその日の夜、とてつもない大雨に見舞われたそうだ。
私はいつも神殿に泊まらせていただくのだが、なんとその大雨で神殿が崩れてしまったのだ。
もし泊まっていたら私の命は無かったであろう。
九死に一生を得た。
それも外部に初めて日の目を見た「たま問答」を手にして。。。
神に感謝するしかない!