<COLUMN>
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重大警告~身の 乗り直しをせよ!
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今から40幾年か前、私は実家を出て東京の高円寺に住んだ。
ミュージシャンとしては都心に近くなければ仕事がしづらいからだ。
その頃の高円寺は自由な空気に満ち溢れていた。
学生も多く気軽に食事できる定食屋もあった。
インドの雑貨店にはビリーという違法なタバコも売っていた。
ジャズ喫茶やロック喫茶もいくつかあり、街は活気であふれていた。
ある日、駅のガード裏にある小さな喫茶店に入った。
ご機嫌なロックミュージックが流れていて人あたりのいいマスターがいた。
そこはミュージシャンのたまり場であった。
マスターもギターが上手かった。
ときどき知る人ぞ知るミュージシャンが現われてセッションになったりもした。
ところで当時の中央線沿線文化の先端を行く若い芸術家たちの中には、インド哲学に熱中したりインドの衣装を身に纏っている者もいた。
かく言う私も、髪を長くして口ひげを生やし、インドやアフリカ的なファッションをしていた。
カリフォルニアに憧れたり、キャロル・キングのサウンドを追及していたのもその頃だ。
しばらくしてマスターは、「こんな本があるんだけど」と言いながら私に見せてくれた。
手づくりの簡易印刷の冊子で、どこにも売っていないし、ほとんどの人が知らない本であった。
「興味があるんだったら暫く貸してあげるから、もし欲しいときは取り寄せてあげる。」
私はその非売品の本を手にすることとなった。
これがバグワンの講話であった。
当時の若者たちは70年安保に挫折した世代である。
そこから本格的な精神世界の探求が始まり、超常現象やUFO等を身をもって体験した者もいる。
グルジェフやシュタイナー、クリシュナ・ムルティやバグワン。
このバグワンこそが社会変革に行き詰まった若者の心を捉えて離さなかった存在である。
私もリアルタイムにそのような経験をした者である。
しばらくの後、出版本が大きな書店に置かれるようになった。
私はその教えを貪るがごとく読み漁った。
これまでに誰も提示したことのない話しの内容に興奮した。
だが結局はアメリカで5000人以上のコミューンをつくり、フリーセックスの集団を機関銃で武装し、逮捕されて、インドに戻り死んだのである。
なぜなのだろう?!
有名な日本の信者には、歌手の喜納昌吉らがいるという。
喜納のブレーンには反原発の三宅洋平もいる。
三宅で気になるのは、選挙に出た時に日月神示の名を挙げていたことだが、今後はっきりと全貌が見えるだろう。
ここが大切なポイントであるが、オウムはバグワンをお手本にして教団をつくり上げた。
そのカリスマ性は大いに麻原の参考になったであろう。
ところで、出口王仁三郎とバグワンは、命日が共に1月19日であるそうだ。
しかるに、大本教では「王仁三郎とOSHOの祥月命日祭り」はその日に毎年行なわれているとのこと。
大本信者にとっても、バグワンは重要な存在であることがわかる。
現在、大本には日月関係者も存在している。
大本・日月・バグワン・オウムは、目に見えないところで連動・連携しており、それは今後、第二のオウムに発展する可能性を秘めている。
関係者諸君の身の乗り直しがあれば幸いであるが、引き返すことは困難を極めるだろう。
そこには巨大化した年老いたヘビ・ヤマタノオロチが棲んでいるからだ!