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ミニ自叙伝「思い出の断片32」
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確かにその頃は体を壊しても仕方がないくらいに無茶をやっていたかもしれません。仕事の合間をみてはある研究に没頭していました。なんとそれは放射能!
近所に喫茶店をやりながら数々の発明や特許を持っている人がいました。言わば発明喫茶です。
その店の経営者の老夫婦はとても質素で庶民的な人でした。その店のデンマークのビールがとても美味しくてよく飲みに行き、ご夫婦ととても親しい関係になりました。
2~3年前に立ち寄りましたが奥様は私たち夫婦との再会をとても喜んでおられました。旦那さんは故・柳家金語楼と一緒に発明家の組織を作っていた人です。私たちはその人にとても気に入られているせいか、いろんな話しを聞く事ができました。その一つに放射能の一件があったのです。
「世界の長寿の地域を調べたら、その岩盤には自然放射能があり、そこから出る水を飲むととても健康になる。また放射能の出ている岩石をガソリンに入れると燃費が一割向上する。」
旦那さんは昔からその研究していたのですが、熱意と体力のある私のような人材が嬉しかったのでしょう。私は早速、石を水に浸けたりして飲んだり、すり潰して粉にして患部にあてるような研究を始めました。水は一年経っても腐りませんでした。怪我も不思議と早く治りました。もちろんその間に放射能の知識も勉強しました。
ある日、旦那さんが"I"さんという九十歳にならんとしている研究家を紹介してくださいました。"I"さんは財界トップの会長の"D"さんの親友でした。
"I"さんは戦前に金鉱山の経営に携わっていた人ですが、当時、かの有名で恐れられ、右翼・フィクサーの重要人物"S"氏とも交流がありました。"I"翁は"S"氏のとんでもない秘密を暴露してくれたのです。
何と"S"氏は金に目が眩んで鉱山の利権を一人じめにしようとし、仲間二人を殺して穴に埋めたそうです。"I"翁はそれを目撃したそうです。
今思えばなるほどと納得できます。秘密結社・右翼・統一・某アジア宗教結社等々、戦後の闇社会を動かしてきた男というのがわかります。
ところでかの経済団体は"D"さんの時代で終わったと言われています。立派な人だったようです。しかし"D"さんは"T"社の社長でしたから原子炉の利権に関わっていました。その流れの中で研究グループが秘密裡に所有している核廃棄物を分散させる事になり、私も引き受けたのです。
念を押されたのは、「くれぐれも秘密にしておいてくれ、使用済みと言えども、それで原爆が作れる量だから」と言われました。私は相当被曝しています(笑)。
"I"翁や喫茶店の老発明家と一緒に、病院の入院癌患者のところに放射能水(笑)の臨床データの調査に出向いたことは懐かしい思い出です。国の秘密外郭団体的な動きであった事は否めません。「"D"さんがついているので研究は必ず国家プロジェクトに発展する」と信じ込まされていたからです。
尚且つ、"I"翁は通産省の実験で、石油の燃費を向上させる実験もやり成功させていたからです。原油を積んだタンカーの中に放射能を発生する岩石を入れると、日本に到着するまでの期間で一割の燃費向上が得られるというものです。
これは石油会社の反対で実現しませんでした。当然でしょう。会社は一割減収ですから(笑)。
今思うに、使用済核燃料はその実験のために確保されていたと思うと恐ろしい。当時はそのくらいの知識だったのです。国の秘密実験に無知な民間人が利用されていました。
※その後、喫茶店のご主人は体調を崩されてなくなった。奥様も体調がすぐれず大変な状況である。その後奥様にお会いしたときに「あの黒い粉(使用済核燃料)が死んだ原因でした。」と言っておられた。
