世の中全てが道場・学びの場
吾ら最後のトキに生きている
吾は汝を叩く
汝と繋がっている霊たちがおののく
もう二度とこのような生は巡ってこない
だから吾は根本を云う
だが世はマコトに厄介だ!
ある宗教組織の長は狂って亡くなった
奉仕者や関係者にも自殺者や病死者が続発した
その人が吾に何回も云ったことがある
「ここはキチガイを引き寄せて困っている」
そこは消滅した
だが実はあれからも続いている
今では世界そのものがキチガイとなってしまった
どんなに素晴らしいものでも金や地位や欲望の対象になる
神示というまさにカミ・紙示
それはハエ取り紙みたいなもの
立替の対象となる
まさに神様はそれを御存知
だからそのようになる
カミと神の戦・イクサだ!
自らを立て直せ!
それより他に道は無し
糸の切れたタコとなるなよ
縁のあった者といずれは高天原で
吾は先に行って待っている
親・兄弟・夫婦・子が別々のところとは悲しい
此の世の衆生みな親子・兄弟・はらからなり!
人の道において自由とは当たり前の事
しかしそれには責任が伴う
吾は汝の最大なる自由を尊重した
しかしそこには最大の責任が伴う
だが汝はなしのつぶて
吾は此の世で二十数年間耐え忍び法を守り抜いた
神は二百数十億年も忍耐された!
自分がよかろうと思ってやっている事
そのわずか一度の開きがとんでもない方向に行く
記された神示がその例である
自分の都合のいいように
他人に分からないように
捻じ曲げて我田引水し
神々の過ちが現世に至った罪は重い!
がらくたとは自己保身・自己憐憫によって起こる
また自分が何者かになろうとする執着によって起こる
さらに自分の行動を誰かの示唆・指示に委ねる
それを積み重ねたそのものがガラクタである
まさに罪重ね
家族や霊能者に相談してみても何も始まらない
吾は汝を叩く!
「地球上全ての人が関係があり求めていると思います」
という汝の問いかけ
それは釈迦のときもイエスのときも
いつもずっと浴びせられていた質問
三千年このかた休み無し
人は「がらくた・執着」の質・度合いに応じて
水をもってあるいは火をもってである
「どのようにすれば、全てのがらくた・執着を」
「どのようにして捨て去ることが出来るのでしょうか?」
「私だけではなく地球上全ての人が関係があり求めていると思います」
それこそがガラクタである
いちいち全ての人間に取り合っている暇はなし
一期一会というほかは無し
悉く空し!
汝のオシリに火がついた
汝には考える余地もない
まだ自分に逃げ道をつくっている
「逃げ道」
それは相対においてつくられるものだ
素直な人間にはそれが与えられる
不毛なり!
誤解すな
吾の言う神示とは
それで金儲け・メシを食っている業界が出したものなり
ひとつの時代は終りて神そのものが問われる
神は活(い)き通しなり
それが宇宙初発よりの「みづほ神」
改神のトキぞ!
汝に、また全ての人に栄光あれ!