『口消防士』
それは「火のついたマッチを口で鎮火する」という僕の特技だ。
高校時代、自然科学部に所属していた友人に教わった。
「とりあえずマッチに火を点けるじゃん。んで、食うの。そうすると消えるから。」と教えてくれた。
とりあえずマッチに火を点けて、食べたら消えた。
コツなんて分からないけれど、なんとなく上手くいったのでやり続けている。
口消防士歴は8年くらいになる。
教室の隅っこでマッチを食べる友人(自然科学部)と僕(囲碁将棋部)
「陰」の気が強い部活に属している僕らの周りが、教室の中で物理的に最も明るかった。
8年もやっているから、段々上達してきて、今ではヤケドする確率は1%を切っている。
そして先日。オーディションが決まった。
若手芸人特技オーディションの書類選考で、
色々書いた中に「口消防士。ヤケドする確率は1%未満」も混ぜ込んで送っていたものが運よく通過した。
ただ、口消防士には2つほど問題がある。
1つは、広いところでやるには地味すぎるという点。
狭い居酒屋の小さいテーブルの上でやるのが丁度いい。
省スペースかつ小スケールな特技。
そこで演出を付けてみることにした。
「音楽に合わせた口消防士」だ。
オーディション前日。
部屋で1人「NIGHT OF FIRE」に合わせてマッチを食べてみたが、曲のテンポに合わせて「掴む、擦る、食べる、消す」がなかなかできない。
「NIGHT OF FIRE」を6回かけたあたり。
テンポ重視で、ちゃんと掴めていないのに無理矢理マッチを口に運んだら、上唇に刺激が走った。
上唇は白くなり、数分したら皮がただれ始めた。
1%の失敗を、オーディション前日に叩きだしてしまった。
当日。
当然治るはずもなく、ちょっと白くなった唇で会場へ。
オーディション会場は会議室。
先方の手元には「口消防士。ヤケドする確率は1%未満」と僕が書いた書類が置かれているのが見えた。
実際に見てもらったうえで巻き返そうと、上唇が白くなった口で元気よく言った。
「書類にも書いた通り、僕は『口消防士』ができます!!!!」
「あー、火気は…会議室なので…」
口消防士のもう1つの問題点を完全に忘れていた。
屋内ではたいてい出来ないのだ。
出動すらできない消防士。それが『口消防士』
119に着電があっても、誰も救えない悲しい消防士である。
「NIGHT OF FIRE」に合わせて火を食べていないで、ネタを書こうと思った。