『――――アンタなんて、大っ嫌い!』
月に数回、各地の魔女たちが集まる集会がある。大魔女様――この国の魔女たちの総括を務めるリリエンタール様に日々の進歩などを報告するためのもの。そしてそれは、年々少なくなっている魔女たちを励まし、後継者を育てる為に、皆が一致団結するために設けられている。
魔女集会――というのだから、当然女性の比率が高い――むしろ男性はいない――そう思われがちなのだが、魔法士、という男の魔法使いも存在する。確かに彼等は彼等で集会を設けているため、こちらに顔を出す者の比率はかなり低い。そんな中でも、古参で唯一の魔法士に最近、弟子が出来たらしい。
「―――ええ、どうぞよろしくお願いします。――はい、まだ、不慣れでして」
魔女たちに囲まれ、にこやかに微笑むその弟子はまだ年若い。といっても、自分たち魔女にとって、年月が過ぎゆく流れが人と比べると著しく遅く、容姿もあまり衰えることはない。どうやらこの弟子は人らしい。赤子の頃に魔法使いに引き取られてからというもの、十数年と経ち、ようやく正式に集会へと参加することが許された――らしい。少年から青年へと変わるその清らかな美貌と、その年齢に似合わぬ豊かな知識、それに加えて謙虚で礼儀正しい――そんな明白な理由があり、彼は大勢の魔女たちから可愛がられていた。
(・・・人風情が魔法を上手く扱えるのかしら?それに、まだ19だなんて、赤子も同然だわ)
魔女として生れて早や150年、古参の魔女たちに比べれば自分も若輩だが(あえて比べたくはないが)、魔女と人を同じにしてもらっては困る―――!
自分の気の短さを自覚してはいる。とはいえ、思わず苛立ちを覚えて、遠巻きに見える賑やかな集まりにそっぽを向いた。認めたくはないが――なぜか対抗意識らしきものが芽生えて、自分の心をかき乱す感情の高ぶりに小さく舌打ちした。
「――ねぇ。あの子、良い瞳をするようになったわね」
隣でいつの間にか仲間の魔女が呟くように囁いた。艶めいた視線が青年の方を追うように流れる。
「さぁ、どうだか」
興味なさそうに返すと、喉を潤す為にグラスを取りに立ちあがる。その態度に「つれないわねぇ」と苦笑して去っていく。
「――はぁ」
その姿を確認してから、小さくため息をついた。
分かっている。誰しもが、眩いほど輝いているあの青年を羨望の眼差しで見守っていた――後継者の少ないこの時代に突如現れた期待の星、本来ならば暖かくその姿を見守るべきなのだ。
「――」
しかしながら、そうさせない感情が湧き起こるのはなぜだ?
(――そう、あれはアイツが)
思い起こしてまた苛立つ。グラスを神妙な顔で握りしめたまま、隅にあるテーブルにじっとしていると、次々と先日の出来事が浮かんでくるのなんの。
「――、」
思い起こしてみれば、初めて会った時から、彼に対する第一印象は最悪だったのだ。
(――まだ豆粒くらい小さな頃――)
その頃の彼の印象を「的確」に言葉で表現できて――一方的に彼女の感覚で―――思わず優越感に浸り、フフンと鼻で笑った。
「―――さん?」
初めて魔女集会に彼が連れてこられた時、今とは比べ物にならないくらい幼くて、彼の師匠のローブの裾を小さな手で握り締めたまま、泣き出しそうになっていたのを思い出す。小さな身体に大きな宝石のような目が、沢山の魔女たちに囲まれて不安そうに揺れていた。
(――アイツは、あたしのことをじっと見つめて、動かなかった)
その日は遅れて集会に参加したから、すでに大勢の魔女たちに囲まれていた小さな姿は最初はまったく見えなかった。ひとしきり興味を注がれて、そしてやっと解放された時だっただろうか。それまで我慢していた反動でパニックになった彼が慌てて飛び出して、自分の前に滑り込んだのだ。何だ?と摘みあげて見ると、その大きな瞳がこちらをじっと見つめていて。なぜ人の子がここに?と聞いてみたら、どうやら親に捨てられていて泥まみれになっていたからつい拾ったと聞いて、奇特な事するのね、なんて興味なさそうに返したんだったか。
でも彼はじっと、その大きな瞳をキラキラと輝かせながらこちらをじっと見つめ続けていた。
(――人の子のくせに、あたしに喧嘩売ってくるなんて!)
その時の瞳があまりにも邪気のない澄んだ瞳だったものだから、気恥ずかしさを通り越して終いには怒りがこみあげてきて。最終的に、喧嘩を売られている!という認識に――そんなわけで(?)、あくまで一方的にこちら側が彼を敵視している、という状態なのだ。
「――ルーレ姉さん?」
「は?」
突如、澄んだアイスブルーが目の前に。突然の事で、我にかえるのに2,3秒かかった。
「ぎゃっ!」
「ぎゃって・・・、その反応は酷いな」
テーブルの向かいに彼が座っていて、苦笑している。つい先ほどまで、先輩魔女たちに囲まれて会話に花を咲かせていたはずなのに、いつの間にこんな所まで?
「・・・ああ、ほら、慌てるからグラスが割れてしまった。まったく、慌てん坊なんだから」
「な、何よ!アンタのくせに生意気!」
「生意気で結構です。――ほら、動かないで。指、少し切ってるから」
ため息をつきながら手をそっと取られて、卒のない動きに面喰いそうになって、その手を払いのけられなくなる。
「いいわよこんなの、舐めときゃ治るし!優秀なお弟子の手を借りるまでもないわ」
立ち上がった時にグラスが割れて、その欠片に少し触れたのは分かっていたが、まさか切れていたなんて。
これ見よがしに治癒魔法でも唱えて恩を着せる気だろうと憎まれ口をたたけば、少しは反省するだろうかとちょっと期待する。さあ、これで文句も出まい、と勝ち誇ったように見上げてみれば、その反応は見当違いのものだった。
「―――」
青年はそっと微笑むと、ルーレの指の切り傷をぺろり、と舐めた。
「―――え」
数秒脳がフリーズしていたルーレが、喉の奥からやっと声を絞り出した時には、あれだけざわざわしていた周囲が無音になっていて、まるで切り離された空間にでもいるような状態になっている。
「ふふ」
何が起こったのか分からない、という表情のルーレに、今度はにんまりとした悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「――舐めときゃ、治るんでしたよね?」
あの宝石のような美しい瞳が、形よく細められた。
その瞬間、周囲が一瞬にしてざわめいた。
(あ――、飲まれる――)
瞬間的にそう思った。どこか頭の隅の方で、キンキンと高い音が響いている。そう「警告」音だ。ずっと守り続けている自分の領域に、彼が入り込んでくる。彼の雰囲気に飲まれそうになる―――。
呆然としたまま動けないのを良いことに、彼は改めてルーレの手を取ると、その手の甲にそっと口づけを落とした。当然、周囲の仲間たちのうっとりとした吐息など聞こえるはずもなかった。
「―――アンタ・・・、いい加減にしなさいよ・・・!」
ここでようやく意識が追いついてきて、ワナワナと肩が震えだす。しかしこの感情が何なのか分からず、それでもあえて判断するならば、「怒り」の感情が勝っていたようなので、ルーレは青年を見上げるように鋭く睨みつけてやった。小さい頃は自分の方がいつも見下ろしていたのに、と余計な事まで思い出してしまう。
「すみません、ルーレ姉さん。怒らせるつもりはなかったんです・・・」
すると、思ったより落ち込んだ表情をするものだから、何やら自分の方が悪者になった気分になって(むしろ
最初から一方的に自分が悪いという事実は置いといて)、周囲の視線もどこか刺々しい。
「・・・べ、べ別に、怪我したのはあたしのせいだし・・・アンタは悪くないし・・・」
図らずも謝る形になって(むしろ自分のせいなのだが)、非常に気まずい。――事の他、気まずい。
どうしたものか、とそろりと青年を盗み見ると、先ほどからずっと手をとられたままだと、はたと気付いた。
「そんなことより、いい加減手を離して!いつまで掴んでる気?」
「ああ、これは失礼しました」
そっと拘束を解かれたものの、気まずさが晴れるわけがない。しかし何か声をかけるのも躊躇われて、背を向けたまま黙りこくってしまう。
「ルーレ」
「!リリ様!」
その時、数分にも感じられた長い沈黙が破られ、その気配にルーレを含む全ての魔女たちがひれ伏した。騒ぎを聞きつけたのか、魔女の長であるリリエンタールと青年の師匠がやってきていた。
「可愛い我が子、なぜ怒っているの?何があったのか教えてちょうだい」
ゆったりと穏やかで、まるで鈴の音を転がすような美しい声は、その容姿にも現れ出るほど見目麗しい。ついうっとりと見入ってしまいそうになり、慌ててかぶりを振った。
「あ・・・いえ、すみません!この有意義な場に水を差してしまって―――、申し訳ありませんでした」
深深と頭を下げ、跪く。しかしすぐに、リリエンタールの真白い手が伸びてきて、そっとルーレを立ち上がらせた。幼い頃から変わらない優しい眼差しでこうして今も接してくれる長は、元々物心ついた頃から一人だったルーレを我が子のように可愛がってくれている。だからこそ迷惑を掛けたくなかったのに、と思わずぎゅっと目をつぶった。
すると間髪いれず、二人の間で青年が跪いた。深く首を垂れてから、訴えかけるその瞳が必死に揺れていた。
「リリ様、ルーレ姉さんは何も悪くありません。姉さんを怒らせたのは私です」
「!違うわ、私です!この子は何もしてませんもの」
あまりに必死になってお互いにかばい合いしているものだから、長は目を瞬かせた後、すぐに可笑しそうに笑いだした。あはは、と声を上げて笑う長に、逆にこちらが驚いて唖然としてしまう。
「うふふ・・・!ごめんなさい、つい可笑しくて笑ってしまってよ」
そう言って、少し呼吸を整えてから、長は再び優しく微笑んだ。
「可愛い私の子たち、仲の良い事でとても嬉しいわ。これからも2人仲良く、ね?」
「もちろんです、リリ様」
「う・・・は、はい」
にこやかに返事する青年を横目に、ルーレも気まずくしながらも同じく返事する。それを確認するように、長は傍らの魔法士にも微笑みかけ、その場を後にした。
「あああ~・・・!!」
その間ものの数分の出来事だったのに、まるで時が止まったかのように感じられた。思わず情けなくなってしゃがみ込んでしまうルーレに、同じように青年も隣にしゃがみ込む。覗きこむ大きなアイスブルーの瞳が、心配そうに揺れているのが顔を覆った手のすき間から見えて、ルーレはまた気恥ずかしさと怒りでそっぽを向いた。「あんたなんか大っ嫌い・・・」
ふるふると小刻みに揺れた肩と、真っ赤になった耳が見える。すっかり落ち込んでしまったルーレに、小さく苦笑し、優しい口調で語りかける。
「・・・僕は大好きですよ、ルーレ姉さん」
「!」
そう言われて、怒り任せに片手で叩いてくるその手を、青年はたやすく受け止める。ああ、こっちは怪我してる方なのに、と指先にほんの少し魔力を込めて傷口を指でそっとなぞった――と同時に、傷も綺麗に消えて無くなった。余談として、ルーンを詠唱して魔法を発動させるというのが通常の方法なのだが、術式を解さず魔力を注入するという方法は、もっとも原始的な魔女の力の使い方と言える。これにはほかならぬ魔力の源である精霊との密接な関係が要されるため、どの魔女もそれが出来るとは言えないのだ。
(あ・・・これ――わたしと同じ――)
ずっと幼い頃に、長から学んだ治癒魔法だ。遊んでいた時にうっかり転んで大きく膝をすりむいてしまって、大泣きしていたルーレにそっと寄り添い、あっという間に治してくれた――長から習った初めての魔法だった。
「・・・これ、師匠よりも先に、姉さんから教わったんですよ」
綺麗に治ったでしょ?と微笑む彼の姿が、幼い頃と重なる。――そうだ、初めて彼が集会に連れられてきた時、大きく転んで怪我をした彼を、こうして治したんだった。
「~~~」
少しの間思いにふけっていて、目の前でにこにこ微笑んでいる青年に気づいて、顔中が熟れたリンゴのように真っ赤になっていた。本当に、この人の子の前だと、なぜこんな風に気持ちをかき乱されるのか――。
「・・・やっぱり、アンタなんて大っ嫌い」
まだ年端もいかない子供に振り回されるなんて。情けなくて涙まで浮かんでくるのに、どきどきと鼓動は高鳴るし、熱を帯びて火照る頬やこの締め付けられるような気持ちは、一体何なのだろう。
「・・・無理ですよ、姉さん」
ルーレの瞳にたまった涙を指でぬぐいつつ、先ほどからずっと、見守るように自分を見つめ続ける美しいアイスブルーの瞳が、また形よく細められ。
「何度言われても、僕はあなたのことが大好きです」
そしてルーレの手の甲にまたひとつ、口づけを落とした。
「~~~大っ嫌い!!」
さっきよりも手に小さなぬくもりを感じて、恥ずかしくて死にそう!と全身がざわめく。いても経ってもいられなくなって、ルーレはその場から逃げ去るしかできなかった。
「あらら」
くっく、と小さい含み笑いが聞こえて、青年は肩を撫でおろした。一人きりになったその隣に、見慣れたローブが見えて、同じように小さく笑みを返す。
「まだ道のりは遠いなぁ。――精進しなさい、弟子よ」
バシバシ、と背をまるで喝を入れるかのように叩く師匠に、弟子は思わず苦笑する。
「――もっと仲良くなれますように――」
そんな希望を込めて、ルーレの後を追いかけるように青年は魔女たちの輪へと再び戻って行った――。
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わああああああ(滝汗)ちょ、ちょっといやかなり恥ずかしい。。。
例のタグが素晴らしかったので、いつか書いてみたい・・・と思いつつなんとなく浮かんできて、あとは指の動くまま・・・出来上がったやつです(汗)加筆修正多数だと思いますが、とりあえず書き終えた感(満足感(汗))が自分の中にあったのでとりあえず載せてみようかなと思います。。
ルーレは確か「花」って意味があって(アルバニア語?だったか)、青年はあえて考えなかったのでとりあえず名前はまだない状態です。
長の名前をなぜリリエンタールにしたのか・・・なぜなのか(笑)
思ったより青年が魔女さんのことを大好きで・・・、思いを伝えてるんだけど、当の魔女さんはなんか鈍い(笑)長もお師匠も他の魔女たちも青年のことを応援してます(笑)
青年はかなり美青年、という設定なので、普通なら耳元とかで「好きです」とか囁かれたらクラッとしちゃうカッコよさのはず(笑)
続きの話が思いついたら、また書いてみたいなー。。。
